むのきらんBlog

むのきらんBlog

自由に考えよう

「オバマの広島」はどちらが正しいか〜「広島サミット誘致」日経説vs門田説を検証する〜

5月27日のオバマ米大統領の広島訪問は、大きな反響を呼びました。

「オバマの広島」はどのようないきさつで実現したのか。そこには対照的な二つの説があります。

日経新聞の「米国広島サミット打診説」と、ノンフィクション作家の門田隆将氏の「オバマ広島サミット拒否説」です。

日米いずれかが広島サミットを提案したが拒否・無視されたという説。日経は「米国が提案」、門田氏は「日本が提案」という説。一体どちらが正しいのでしょうか?

いずれも落とし穴に落ちているのではないでしょうか。(以下敬称略)

(目次)

f:id:munokilan:20160616225632p:plain

被爆者の森重昭さんを抱きしめるオバマ米大統領(広島、5月27日/時事通信フォト=写真)

「オバマ広島訪問」はなぜ感動を呼んだのか:PRESIDENT Online - プレジデントより

 

  • 日経説を簡単にいえば

日経説は、「首相官邸とケネディ駐日大使、ケリー国務長官連携説」です。

もともと、オバマ自体は広島訪問を任期中に実現したいと思っていた。しかし、そこには原爆投下を肯定する米国の「謝罪に行くのはけしからん」という世論に配慮する必要があります。ホワイトハウス内でも、ライス補佐官などの訪問慎重派がいる。

で、米国は、日本に「安倍首相が先に真珠湾に来てよ、そしたらオバマも行きやすい」、とか「サミットを広島でやったらどうか」などと打診。しかし、日本は拒否。「オバマが自らの意思で足を運んでね、ただし謝罪は求めないからね」という姿勢を貫く。

米側も、ケネディとケリー両者が連携プレーで地ならしをし、広島訪問を実現した、という説。安倍内閣の一貫した方針と戦略、そしてケネディとケリーが光ります。

 

  • 門田説を簡単にいえば

門田説は、「広島市民ががんばって、オバマもそれに応えた説」

米軍捕虜の被爆を研究した森重昭氏などのキーパーソンが、地道な活動を通じ、オバマに訴え、オバマはそれに応えた。日本政府が、「サミットを広島でやったら来やすいよね」と働きかけたが、オバマは「サミットではなく自分の意思で行くよ」と拒否。

という感動的なお話。門田説では、日本政府も米国務省の立役者として出てきません。

 

2つの説は、ある種両極端です。一番それがわかりやすいのは、「広島サミット案」を日米どちらが提案したか、です。

 

  • 対照的な2つの報道を見てみる

 日経 5月13日朝刊「米、広島サミットを打診」より

首相の真珠湾行きと並行して国務省が非公式に提案したのが2016年の主要国首脳会議の広島開催案だ。広島で首脳会議を開けば、オバマ氏も平和記念公園に行きやすくなるとみた。日本は提案を国内の正式な議題にも乗せなかった。

 「日本が何もかもお膳立てをしたうえでオバマ氏が被爆地を訪れるのは、話の筋が違う。オバマ氏の意思で来てほしい」。日本の基本的な立場は変わらなかった。

  

門田

blogos.com 

この時、広島側には、2つの戦略があった。1つは、2016年におこなわれる日本でのサミットを「広島」で開催してもらうこと、もう1つは、たとえ広島開催でなくても、サミット終了後、オバマ氏に広島を訪問してもらう、というものだ。

しかし、ここでオバマ大統領の強い意思を広島側は知ることになる。

「私は自分の意思で広島に行く。サミットという場が広島になることは望まない」

これは、日本側にとって大きな驚きだった。サミットの開催都市として、いわば“強制的に”広島を訪れるのではなく、自らの意思で広島に行く――それこそがオバマ氏の願望であることを知るのである。

伊勢志摩でサミットがおこなわれることが決まったのは、2015年6月のことだ。そこから、広島出身の岸田文雄外相や三山氏らの巻き返しが始まる。

エアフォース・ワンで岩国米軍基地に行き、そこからヘリコプターで広島ヘリポートに飛び、さらに車で平和記念公園へ。その移動が時間的に「可能であること」が、広島サイドから米側に伝えられるのである。そして、ついに快挙は実現する。 

 

  • サミット開催提案は、どちらなのか。

全く逆 の認識です。

 

アメリカが広島開催を提案し、日本が拒否した(日経説)

日本が広島開催を提案し、オバマが拒否した(門田説)

 

  • 日経説への疑問

ケネディとケリーの動きはそのとおりでしょう。安倍が真珠湾訪問を控えたのはありえます。しかし、米国の広島サミット開催案を、オバマが自主的に来いと無視するというのは、どうもできすぎ。 そこまで米国を読み切ることができたとは思えません。

正確な記事を書くには、双方から取材をし裏をとる、いわゆる反面取材が不可欠。しかし、このような外交の機微に触れるケースは、双方に取材をしたとしても、事実を教えてくれるとは限りません。公式発表ではなく「何々筋の話し」としてしか記事にできないような場合は、話す側も話しを「盛る」もしくは「作る」ことができます。

日経は、日米の裏を取りきって整合性ある記事にした、ということではないようです。もしそうならば、もう少し取材源が明らかにされてもいいはずです。

 

  • 門田説への疑問

 オバマの意思が門田説のとおりとします。

「私は自分の意思で広島に行く。サミットという場が広島になることは望まない」

 そうであれば、以下の「巻き返し」は不要になります。オバマの任期は2017年1月までの1年足らず。 ここにあるような行程づくりは、アメリカ側でもお手のものです。

そこから、広島出身の岸田文雄外相や三山氏らの巻き返しが始まる。

エアフォース・ワンで岩国米軍基地に行き、そこからヘリコプターで広島ヘリポートに飛び、さらに車で平和記念公園へ。その移動が時間的に「可能であること」が、広島サイドから米側に伝えられるのである。そして、ついに快挙は実現する。

 

つまり、門田説は、広島とオバマという2人の「役者」にドラマのスポットライトを当てた「物語」であると解釈できます。

 

  • 広島こそ「広島サミット」を希望していた

広島は、2014年にサミット誘致に名乗りを上げています。

広島市は7日、2016年に日本で開かれる主要国(G8)首脳会議(サミット)の誘致を正式に表明した。同日、広島県や広島商工会議所と「サミット広島誘致推進協議会」を設立。オバマ米大統領たち首脳による、平和記念公園(中区)の原爆慰霊碑への献花など開催計画案を示した。市が開催地に名乗りを上げるのは2000年開催のサミット以来2度目。

 サミット誘致に名乗り 広島市 官民で推進協設立 | ヒロシマ平和メディアセンター

 

つまり、「広島サミット」は、官邸ではなく、広島が実現したかったことなのです。そこには、オバマだけでなく、世界の首脳に広島を見て欲しい、という願いもあったでしょう。

 

2015年春では、政府は広島を含む候補8都市のうちどれにするか、まだ決めていません。

政府内では8都市が候補地として取り沙汰されているが、うち本命と目されるのは仙台、対抗は広島、そしてダークホースが軽井沢といわれている。

2016年サミット開催地 本命仙台、対抗広島、穴候補が軽井沢│NEWSポストセブン

 

2015年5月でもまだ広島案はありました。 

目下、軽井沢と伊勢志摩の一騎打ちの様相だが、気になるのは「隠し球」の広島だ。

「広島に決まればオバマ大統領はじめ核保有国の首脳が揃って被爆地を訪れることになる。広島には地元の岸田文雄外相の強い推しもある。安倍首相にとっても、核廃絶と日本の平和主義を訴える絶好のチャンスになる」と、外務省OBは言う。

広島開催は、日本独自の提案ではない。戦後70年を迎え、安倍首相の歴史認識が問われるように、原爆投下という「ジェノサイド」(大量虐殺)に踏み切った米国側にも総決算を促す動きがある。オバマ政権に助言する立場にある有力大学の教授陣は「大統領がいつかは被爆地に行くものと信ずるが、安倍首相が真珠湾を訪れる時と同じリアクションがあるだろう。来夏、広島でサミットが開かれ、大統領が被爆地を訪ねるのが、外交上最も成功するタイミングだ」と発言している。安倍首相が「広島」の切り札を出さないとは限らない。

後出し「伊勢志摩サミット」急浮上:FACTA ONLINE

この記事では、日米両方に広島が候補となっていたことを示唆しています。

 

しかし、開催地を決定するのは、もちろん安倍です。

 

そして伊勢志摩に決まったのは2015年6月。広島は、サミットの一貫として開かれる外相会合の場所と決まりました。(そこでケリー氏の広島訪問となったわけです。)

 

  • 2つの説を検証する

私は、まず広島サミット開催案を日本が提案してオバマが拒否した、という門田説は間違いと考えます。オバマはそこまで広島訪問に前のめりとは思えないからです。

もし門田説のとおりならば、もっと早く広島訪問が実現していてもおかしくありません。 そして、門田説の最も弱い点は、オバマの広島訪問の政治的リスクを無視している点です。そこは、いかにも「日本的な見方」といっていいでしょう。

次に、日経の、米国が広島サミットを提案し、日本がオバマが自発的に来いとして無視、というのも出来すぎと考えます。日本政府は、そこまでオバマの広島訪問の政治的リスクを無視することはないでしょう。安倍にとっては、広島平和記念公園をオバマとともに訪ねることは政治的ポイントになるからです。

 

なので、日経は官邸の情報操作を鵜呑みにした、と想定します。

 

つまり、「広島サミット」については、両方とも間違いでしょう。推定できるのは、日米とも広島サミットを明確に打診しなかった。官邸主導で「伊勢志摩サミット、広島外相会合」のパッケージをつくった、ということではないでしょうか。

 

では、

  • なぜ日本は広島サミットを打診しなかったのか

 

米側から提案された場合、「広島案を無視しなかった」ということならば、「なぜ積極的に提案しなかったのか」という謎がのこります。

 

2015年時点では、日本政府は、オバマが広島に来るかどうか、全くわかっていません。

もしもわかっていたとしたら、たとえば2014年のオバマ訪日の時などに、「オレは任期中に必ず広島にいく」と安倍に耳打ちしたとか、ですが。それはまずありえません。オバマにとって広島はマストではないからです。「行きたいものだ」というのがせいぜいです。

 

そして、

  • 安倍にとっても「オバマの広島」は優先事項ではなかったのではないか

仙台や軽井沢が本命視されていたことを考えると、「オバマの広島」は2015年当時の安倍にとって、優先事項ではなかったのではないでしょうか。

 

ところで、朝日新聞は、伊勢志摩になった理由を「伊勢神宮」に求めています。

 「日本の精神性に触れていただくには大変よい場所だ」

 首相は5日午後、羽田空港で記者団にそう語った。政府高官は「やはり『伊勢神宮の凜(りん)とした独特な空気を外国首脳にも感じてもらいたい』という首相の意向が一番大きい」と、選定には首相の強い意向があったことを認める。

なぜ伊勢志摩が選ばれた? きっかけは正月のある会話:朝日新聞デジタル

 

これは全体像を考え直すいいヒントです。

あらためて、サミットの開催地を決定する安倍の立場で考えます。

で、新説です。

  • 「安倍美しくて強い国伊勢志摩サミット説」

いいかえると、 日本は原爆にこだわっているというメッセージを出したくなかった

のではないでしょうか。

 

  • 広島と伊勢志摩の比較

首相が決断をする際の側近の仕事は、選択肢のメリットデメリットを1枚に簡潔にまとめたペーパーを首相に渡すこと。今回は、8つの候補地のメリット、デメリットが、マルバツの印と説明付で作られたでしょう。

 

広島には何と書かれたか。

メリットは「核なき世界にむけた連帯をアピールできる。と勝者と敗者がともに平和をめざすことをアピールできる」。デメリットは「日本が原爆サミットをお膳立てしたと思われる。被爆国日本を強調するパフォーマンスと思われる」「原爆投下の是非に焦点が当たる」などと書かれていたんじゃないでしょうか。

 

一方、伊勢志摩は、「美しい日本の伝統と自然をアピールできる」と書かれていたはず。

どちらを選びますか?

 

  • 安倍のビジョンと戦略 

安倍晋三という個人をプロファイリングすると「伝統ある美しい国強い国日本を取り戻す」というテーマにいきつきます。そのためには「被爆国日本」というある種の被害者、敗者をアピールする広島よりは、伝統と自然の伊勢志摩のほうが適切、と考えたのでしょう。だからサミットの前に、首脳の伊勢神宮訪問が組まれたのです。

 

したがって、門田説の、「日本側から広島サミットを提案」というのはほぼない。

日経説の、「米側から広島サミットを提案」というのは、水面下のお話としては否定できないが、もしあったとしても強い要請ではあく、「広島サミット」ならオバマが行きやすいというメリットもありますよ、という程度のものではなかったでしょうか。米側が「広島サミット」が好ましいと考えたとは思えません。

 

「広島サミット」を日米どちらかが打診、という日経説、門田説ともに、「オバマの広島」という大イベントに引きずられた見方ではなかったでしょうか。

そこで、サミットの開催地を決めるのは安倍、という最大の要素がかえって見えなくなったと考えます。そもそもの全体像を考えることは大事ですね。

 

 

 

ついでに、  

  • ケネディーとケリーの善玉役者説

日経はまた、ケネディーとケリーの善玉役者説を盛んに報道しています。

4月14日朝刊 オバマ氏動かす女性2人 広島訪問のカギ(真相深層)

4月23日朝刊 オバマ氏、広島訪問へ 慎重論退け原点回帰

6月8日朝刊(地球回覧)JFKの遺産、広島で昇華

  

ケネディーとケリーについては、ありがちな「善玉悪玉」(善玉が2人、悪玉がライス補佐官)という感じもします。キャロライン・ケネディは、暗殺されたJFケネディ元大統領の長女でもあり、日米ともに受け入れやすい「物語」ですので、ここぞとばかり米側が積極的に取材に応えたのでしょう。とはいえ、私はこの2人の動きはそうだろうな、と思います。サミットについての、日経説、門田説ともに無理があるのに対して、「自然」です。

 

  • 事実はどうか

事実は外交秘密のベールに包まれています。数十年後、外交文書や外交記録が公開されてはじめて、事実関係がほぼ明らかになると思います。

 

(敬称略)