「サウンドオブミュージック」の「トラップ大佐」は少佐
ジュリー・アンドリュース演じる主人公マリアが恋に落ちるゲオルク・ルートウィク・フォン・トラップ(Georg Ludwig von Trapp)のことについて、「トラップ大佐」と日本語公式サイトでも記されている。そもそも映画の元となった実在のトラップの階級は「少佐」なのだが、映画では「大佐」とあちこちの日本語ブログでも書かれている。しかしこれは誤解(誤訳)だろう。
もちろん映画と史実の階級は異なる、という見方もある。しかし、映画の結婚式の服装は、少佐の階級章を帯びた礼装の軍服である。なぜそのようなことが起きるのか。
これは、劇中でトラップを「キャプテン」と呼んでいることから生まれた誤解だろう。英文のサイトでも、「Captain Trapp」と記しているものがほとんどだ。
確かに、キャプテンの階級は海軍では大佐、陸軍では大尉である。ただしこれは階級の話し。
一方、口語や敬称として、どう呼ぶか、呼びかけるかは少々複雑な問題だ。
少佐は、米国海軍では「Lieutenant-Commander」(直訳すれば指揮官代理)であり、キャプテンとは呼ばれない。
ところがトラップは、オーストリア・ハンガリー帝国海軍の退役少佐である。 その少佐はKorvettenkapitän、英語ではCorvette Captain、直訳すると「コルベット艦(小型艦の一種)の艦長」ということ。事実彼は、主に潜水艦の艦長であった。39歳で退役したので、武功を挙げた英雄といえども少佐であって不思議はない。
そういう人を何と呼ぶか。敬称としては「Corvette Captain」ではなく「Captain」である。そう理解すると映画のほうも、映画だから「大佐」にしたのではなく、史実どおりに「少佐」と理解するのが、結婚式のシーンの服装とも矛盾がない。一般に、大佐といえばいい年したおっさんなので、うら若き修道女見習いの結婚相手としても無理があるわけで、わざわざ「大佐」に設定を変える必然性も全くないわけだ。
劇中でもトラップは「自分をキャプテンと呼べ」とマリアに言っている。これは、「大佐と呼べ」と言っているのではなく、「艦長と呼べ」と言っているのが、文脈として適切だろう。
キャプテンもいろいろ
世間で、Captainはいろいろある。スポーツの主将もキャプテンだ。これと同じようなものだ。
なお、海軍における階級としてのCaptainが大佐であることには、歴史がある。英国海軍などで主力艦の艦長をCaptainと呼んだのだ。そしてそれを陸軍のColonel(大佐)と同格と位置づけたのだ。
そもそも、陸海軍にはそれぞれに歴史による階級名と役割があり、それぞれに呼び名も違う。日本は西洋式軍制を取り入れたので、その際に陸海軍ともに同じ階級名を取り入れたので、日本語だけで理解しようとすると、歴史的な経緯が見えにくくなるのだ(厳密には、陸軍大佐(たいさ)と海軍大佐(だいさ)のように、呼び方など若干異なるが)。
映画「ピースメーカー」の「デヴォー大佐」も中佐です
ジョージ・クルーニーとニコール・キッドマン共演によるアクション・スリラー。ロシアから解体処理を行う核弾頭9基が国外に運び出された。その調査にあたるホワイトハウス核兵器密輸対策チームのケリー博士はロシア事情に詳しいデヴォー大佐とコンビを組み、核の足取りを追跡。トルコの鉱山地帯で移送トラックを空から追い詰め8基の核弾頭を回収する。しかし残る1基は犯人一味のボスニア人が別の場所に運び去ったあとだった。ケリーとデヴォーはそれがニューヨークであることをつきとめるのだったが…。
9.11テロを予言したと話題になった映画「ピースメーカー」のジョージ・クルーニ演じる米軍将校は、邦訳では「大佐」となっている。しかし襟章を見ると銀色のオークの葉、つまり「中佐」である。劇中で「カーネル」と呼ばれていたので、カーネル=大佐、という短絡で大佐と訳したのだろう。これも間違いだ。 中佐は、Lieutenant colonel、直訳すると「大佐代理」である。それに呼びかける時は、敬称として「カーネル Colonel」と呼ぶのだ。
つまりは、「階級と敬称は異なる」ということ。
ちなみに同じ米軍でも、海軍の中佐は「コマンダー Commander(指揮官)」なので、当然ながらColonelともCaptainとも呼ばれない。
ついでに、鳥の唐揚げでおなじみのカーネル・サンダースのColonelは、ケンタッキー州の名誉称号としてのColonel、いわば「名誉大佐」、というのは有名なお話。これはこれで、権威があるわけ。
映画を観るときは、軍服の階級章を確認しておくと、面白い、というお話でした。映画を見る時のご参考になれば幸いです。
米軍の階級と階級章はこのサイトが便利です。