安倍首相の国会答弁から、とんでもない「違憲発言」が飛び出した。
安倍晋三首相は2日の参院予算委員会で、夏の参院選で隣接選挙区を統合する合区が導入されることに関し「二つの県が一つの選挙区になったとき、候補者が自分たちの利益を代表しうるかとの大きな課題がある」と指摘した。
自民党の鶴保庸介氏が「参院議員は都道府県代表の性格を持つと憲法に明記すべきだとの声がある」と質問したのに答えた。首相は「憲法のあるべき姿について国会で大いに議論されるべきだ。地域代表をどう考えるかとの観点も含めて議論してほしい」とも述べた。
(共同通信より全文引用。太字は筆者による)
憲法の趣旨に反する答弁。これこそ野党は大いに問題視すべきだ。
(目次)
- 議員は全国民の代表
- なぜ「地域の利益代表」ではだめなのか
- 民主主義は全ての議員が全国民の代表であって初めて健全化する
- 「地域の利益代表」は都道府県代表か
- 47都道府県は、偶然の産物に過ぎない
- 国土は劇的に小さくなっている
- 「昔の形」にこだわるか、未来思考か
- 憲法改正とは別の話し
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議員は全国民の代表
憲法には、「全国民の代表」と明記してある。それを首相は「地域の利益代表」である、と解釈しているのだ。___
第四十三条 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
しかも「一票の格差」訴訟の判決において、最高裁では「違憲状態」であるという判決が出ている。つまり、安倍首相の発言は、一票の格差を是認し、最高裁の判決をも踏みにじるものだ。
ただし、最高裁判決は、「一票の格差はゼロでなければならぬ」とまでは判示せず、憲法の趣旨を損うほどの格差はダメ、と言っている。では、憲法の趣旨は何か、といえば、この「全国民の代表」である、ということ。そして当然ながら国民主権と基本的人権の中に、政治的な平等権は含まれている。
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なぜ「地域の利益代表」ではだめなのか
当然、こういう疑問があるだろう。それは民主主義の根幹に関わる問題だ。多数決原理を元にした民主主義を、利益代表同士の権力闘争、利害調整の場、と見ると、民主主義の本質を見誤る。
現状は、そのような国民や議員が多いので、そうなっている、という実態はある。しかし、それでは民主主義は健全に機能しない。なぜならば、「多数の利害が少数の利害を無視してもいい」ということになってしまうからだ。それは、いわゆる功利主義の「最大多数の最大幸福」のはき違え、一面的な見方だ。
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民主主義は全ての議員が全国民の代表であって初めて健全化する
全ての議員が、特定利益の代表、代弁者ではなく、全国民の代表として行動して初めて、健全な民主主義となるのだ。
そして少数にも目配りをした政治こそが、健全な民主主義なのだ。では少数とはなにか、それは無数の少数がある。性別、年齢、職業、出身、収入、学歴、家族構成、健康状態、障害の有無、ライフスタイルなどなど、いくらでも軸はある。
少数への配慮を、少数代表を送り込むことで、多数決原理の中で解決すべき、としたら、それこそ無数の「少数代表」を国会に送らねばならぬ。
しかも、どこにどれだけ、ということは、客観的な基準はない。たとえば「シングルマザーの代表」は何人が適切か、という問いに絶対の答えはない。
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「地域の利益代表」は都道府県代表か
では地域代表、ということならば、どうか。
離島の代表、半島の代表、山村の代表、などなど、これまた様々な「代表」が必要になるだろう。鳥取県の代表が国会にいるのに、なぜ、小笠原の代表がいなくていいのか、なぜ、東京の世田谷区や檜原村の代表がいなくていいのか、その答えは、47都道府県を絶対視すること以外にありえない。
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47都道府県は、偶然の産物に過ぎない
首相や鶴保議員の言うところの「地域」なるものは何か。現在の都道府県の区分である。
それは、歴史の種々の偶然や政治の力学で明治時代に47に固定化してしまったものに過ぎない。都道府県は、廃藩置県当初は、江戸時代の三百諸藩の流れで、1使(開拓使)3府(東京府・京都府・大阪府)302県であった。それが数回の合併等で、37府県に減った上で、今度は分県も行われ、1890年に1庁(北海道庁)3府(東京府・京都府・大阪府)43県となった。これが今日まで続く47都道府県だ。
その後1903年の桂内閣のもと、効率化の為に28道府県に統合する内容の「府県廃置法律案」を閣議決定したが、日露戦争勃発により、議会提出に至らなかったのだ。
1903年(明治36年)、内務省は19県を廃止し28道府県に統合する内容の「府県廃置法律案」をまとめ、桂内閣で閣議決定された。しかし閣議決定の2か月後の日露戦争勃発による議会の解散により、議会への提案まで至らなかった。
したがって、47都道府県は金科玉条とすべきものでも何でもない。
大日本府県全図府県廃置法律案付図
明治36年の「府県廃置法律案」の文書に貼付されていたものです。「交通機関発達の今日府県区域の拡張を計る」目的の同法案は、議会の解散のため、提案までいたりませんでした。貼付の地図は、明治34年10月4日の東京日々新聞の9000号記念の付録に、黄色で現行区域、赤色で新区域を記載しています。
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国土は劇的に小さくなっている
ちなみに、1890年の日本の人口は4千万人弱。現在の3分の1だ。もちろん地域的にも、今日と大きく違う。
一方で、国土の時間的な大きさは、1889年に現在の東海道本線にあたる、新橋駅 - 神戸駅間が初めて全通という状況。したがって例えば東京、島根間が、当時は1日がかりでもたどり着けなかった。現在は飛行機で2時間ほどである。通信事情というコミュニケーションにおいては、今や「同時」である。つまりは、それだけ国土は劇的に小さくなっているのだ。
「地域」を議論する際には、当然に歴史的経緯を考慮する必要があるが、それと同時に、現状さらに将来を見据えることが不可欠だ。
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「昔の形」にこだわるか、未来思考か
そう考えると、今の47都道府県の枠組みにこだわることが、いかに滑稽で、硬直的思考であるか、ということが明らかになってくる。
明治時代にも、もちろん種々の権謀術数があって、都道府県の形が変り、数も減ったり増えたりしたわけだ。ただし、少なくとも、固定化するということにはならなかった。当時なりに、時代を見据えて、良かれという方に変えていったのだ。
つまり、明治時代の人たちのほうが、自民党のセンセイ方よりも、よほど未来思考であった、ということだ。
明治維新を賞揚する人たちは、明治維新が行ってきたことの実態を直視すべきである。明治体制の結果できた形にこだわることは、明治維新体制を評価することにはならないのだ。
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憲法改正とは別の話し
なお、憲法を改正して、衆院と参院で性格を分ける、という議論はありうる。したがって、現在の憲法下での国会議員のあり方、選挙区のあり方と、憲法改正案とは別に考えるべきだ。
首相としての安倍氏は、現在の選挙制度については、現在の憲法を尊重した発言をせねばならない。一方、自民党総裁としての安倍氏は、憲法改正案について発言することは可能だ。その二つは別ものだ。
今回の発言は、それを混ぜた発言なので、首相としての「違憲発言」なのだ。