三菱自動車の軽自動車の燃費不正が発覚した。現在進行形の事案であるので、今後の展開について断定はできない。
それにしても、誰もが疑問を持つのは次の点だ。
不正はなぜ繰り返されるのだろうか。なぜ2度の大規模な不祥事があったあとも、「自浄作用」が働かず、不正が行われていたのだろうか。
これを理解する上で、いくつかの点を整理しておきたい。問題を客観的に認識することこそが、問題解決の第一歩であり、同社に限らず、他山の石とできるからだ。
(目次)
- 不正のパターンは3種類
- 罪の重さの違い
- 三菱だけなのか
- 不正は誰が関与していたのか
- なぜ前回不祥事後も2と3がそのまま続けられたのか
- 組織ぐるみの隠蔽か
- 「不正」を隠す意識
- 日本に特有な社畜根性か
- 初歩的な誤解
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不正のパターンは3種類
不正のパターンを分けて理解すべきだ。
1.計測結果の「いいとこ取り」
今回事件の発端となった軽自動車eKワゴンシリーズの燃費不正がこれ。平均値を取らねばならないのに、良かった試験結果の数値を使用した。結果、燃費を5~10%良く見せかけた。
2.実車試験を省略し、計算により数値を出した
マイナーチェンジやバリエーション展開時に、行ったもの。
3.実車試験の方法を米国方式を採用
国交省のルールが変った1991年に、国交省が新しく決めた「惰行法」を使わず、米国などの試験に使用されていた「高速惰行法」を使用した。その後、両者の比較をしたら、2.3%程度の誤差にとどまったので、その後も「高速惰行法」を使用し続けた。
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罪の重さの違い
さて、1.2.3とも、正しいやり方ではない、つまり「不正」である。しかし、その「罪の重さ」には違いがある。
1.「いいとこ取り」は明らかな不正である。これが最も重い不正だろう。
2.の実車試験を省略したのは、「省略」であるとも言える。燃費が変らないようなマイナーチェンジにも、全て実車試験を義務づけた「制度」に問題があるかもしれない。
3.試験方法の違いも「省略」とも考えられる。なぜ国交省は当時の最大の自動車市場である米国と違う方式を採用したのか。主要輸出産業である自動車については、主要相手国と同じ方式を採るべきではないだろうか。これは「非関税障壁」の一種であるのかもしれない。
したがって、2と3については、国交省のルール自体に問題があるのかもしれない。情状酌量の余地はあるように思える。
また、三菱ユーザーにとっての直接的不利益は、1が大きく、2と3は小さい。もっとも、これだけ騒ぎが大きくなれば、三菱車への人気が下がり、中古車下取り価格も安くなるだろうから、そういう間接的不利益は、三菱ユーザー全体にかかるあろう。
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三菱だけなのか
上の整理を踏まえると、1はともかく、2や3については、他社でもありうることではないだろうか。特に3については、輸入車が、日本のルールを完全に遵守しているとは考えにくい。したがって、本件は他社にも飛び火する可能性はある。
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不正は誰が関与していたのか
相川社長は、自分は開発畑が長いが全く知らなかったと発言している。試験方法を知らなくても開発はできるとも言っている。
そうだろう。各部門には細かなやりかたやノウハウがあり、開発出身であっても全てを熟知している人はいない。本件は、性能実験部のみの「やりかた」であり「ノウハウ」であったのだろう。
相川社長をはじめ、現在の経営陣は不正が発覚した場合のダメージの大きさを身をもって体験している。したがって、経営陣がこのリスクを冒す可能性は低い。彼らは知らなかったのだと思う。
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なぜ前回不祥事後も2と3がそのまま続けられたのか
「不正」との認識がなかった、ということだと思う。2と3は、同社にとって合理的な省略であり便法ということ。ユーザーを騙しているといった認識はなかったのだろう。だから、25年間も「不正」が行われたのだ。それは、関係者にとって「悪」ではなく、「ノウハウ」であったのだろう。したがって、不正を内部告発する内部通報制度があっても、不正の認識自体が希薄であると、告発されるわけがないのだ。だから、長年に亘って正しくない方法が行われてきたものだ。
これは同社に限ったことではない。少し前に大騒ぎになった食品の偽装でも、海外産のカタカタの魚介類を、芝エビなどの身近な魚介類の名前に置き換えていたことが明らかになった。それは業界人にとっては「便法」であり「悪」ではなかったのだ。
我々一般人にとっては、「不正」イコール「悪」という認識だが、そうでない認識がある、ということが問題の本質だ。
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組織ぐるみの隠蔽か
25年間に及ぶ不正であるので、異動も含めると、不正には数百人が関与していたのだろう。それを同社の性能実験部は組織ぐるみで隠蔽していたのか。
隠蔽かどうかは、まだ断定できない。しかし、「重大な不正」であり、「絶対に隠蔽せねばならない事案」との認識はなかったのではないか。少なくとも上記の2と3については、前任者からの単なる引き継ぎノウハウとして行われていた、ということではないか。
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「不正」を隠す意識
一方、違法行為や脱法行為を重々認識していたとする。これを行い、かつ隠す時の意識はどうだろうか。通常、企業や社員は違法行為や脱法行為をしない。ルールどおり行うほうがストレスが少ないのだ。したがって、これを意識して行う場合は特別で複雑な感情が発生する。
一つは、本当はやりたくないのに、やむを得ず不正を行っている、という気持悪さ。
一つは、会社のために不正をしている自分、というある種のエリート意識。特に、不正が重大であればあるほど、ある種の自己犠牲感、会社への忠誠心の高さ、そして、「こんなに重大な秘密業務を任せられている自分」という、ある種の特権意識。
この2つがないまぜになっている。しかも管理職が部下にこれを行わせる場合は、自分は経営者になり代わって、おかしな法律に対して合理的な対応をしている、というような説明をする。そういう「同社の管理職の鏡である自分」という倒錯した快感があるのだ。
これは、不正に限らない。自分の失敗でない、会社の失敗で、会社を代表して取引先に頭を下げる時にも、似たような感覚を覚えることがある。
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日本に特有な社畜根性か
このように書くと、まさに「日本的な社畜根性そのものではないか」と思われるだろう。そのとおりだ。ただし、たとえばフォルクスワーゲンや現代自動車、また米国の各社もかつて似たような不正を行っている。自動車業界に限っても、これらの構造は、日本特有ではない。そして、それは自動車業界に限った特別な風土であると考えるほうが、非合理的だろう。最近では、マンションでの杭打ちの偽装が記憶に新しいところだ。
食品、建築、不動産、などなど、およそ人がかかわる全てのところで、似たようなことは日々起きているのだ。だからこそ、問題の根は深いのだ。
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初歩的な誤解
なお、ネットには、いくつかの誤解があることは指摘しておきたい。
誤解1:三菱はトラック・バスに特化すべきという意見
同社は既にトラック・バス部門と分離して、違う道を歩んでいる。トラック・バス部門はベンツ傘下。乗用車が三菱グループ傘下である。
誤解2:三菱重工の支配下にあるという認識
同社への重工の影響力は大きいことは事実だが、同時に三菱商事、三菱東京UFJ銀行の影響力も大きい。今辞任すると言われている益子会長は、商事出身である。
誤解3:三菱鉛筆は三菱グループという認識
これは、昔からある有名な誤認識。三菱鉛筆は、「三菱」の名を冠した企業では唯一三菱グループではない。それぞれに伝統ある企業である。
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