中学生の自殺が増えている、危機的な状況だ、と訴えるエントリー(学校リスク研究所内田良氏)がある。
その根拠は、平成以降における中学生の自殺死亡件数(警察庁の資料をもとに筆者作成)という表だ。
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グラフにして傾向線を入れてみた
これを少し考えてみたい。エクセルに入力しグラフにしてみる。
点線はエクセルの近似曲線という機能で作成した傾向を示す線だ。
(グラフ1)
確かに傾向的にも増えているように思える。
特に2013年から急増しているようだ。2013年と言えば、前年末に発足した安倍内閣がアベノミクスを本格始動した年だ。やはりアベノミクスは格差を拡大させ、そのしわ寄せが中学生に向いているのではないか、とも思えてくる。
では、こちらはどうか。
(グラフ2)
昨年は少し減っているが、やはり傾向的に増えている。2011年の震災の年はやや減ったが、これは「絆」の力が働いたようにも見える。
では、こちらは。
(グラフ3)
波はあるが、近年、減少傾向にあるといえそうだ。
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3つのグラフのからくり
同じ中学生の自殺である。どうして3つもグラフがあるのか。
実は、グラフ1は実際の数。グラフ2とグラフ3は、エクセルの乱数機能で発生させた数字を元にグラフ化したものだ。
RANDBETWEENという関数を使えば、簡単に乱数ができる。50から102の間でランダムに発生させるようにしてみた結果がこれだ。乱数とは簡単にいえばサイコロの目のようなものです。
中学生は約350万人。その中の自殺の数である。自殺が増えていることは事実だが、それが有意なのか、それともランダムなのかは、統計的に検証しないとわからないのだ。
何ら対策を打たなくても、来年は70人台に減少するかもしれない。その時に、「対策の成果だ」と関係者がどや顔するかもしれないが、それは単なる偶然かもしれない。
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有意な傾向かどうか
今回は、乱数でだけ比較したが、もちろん内田氏の主張が正しい可能性は全否定できない。
たとえばだが、ずっと10人台だったのが、10年続けて100人を超えていたら、明らかな有意差があるだろう。また、ずっと8万人だったのが10万人になったら、有意差があるかもしれない。
有意な傾向かどうかは、母数(中学生の数)と実数(自殺数)の大きさによって変わるのだ。ここは検証していないが、私は誤差である可能性のほうが高いと思う。
内田氏の主張の統計的な信頼度については、どなたかより詳しく検証していただければ嬉しいです。
統計には、ちょうど、株式市場の上下をグラフ(チャート)にしたときに、そこに何らかの意味があるように思い込むことと似た、落とし穴があるのだ。(これは、ランダムウォークという有名な話し。なお、株式市場には長期的な有意な傾向はある。これはランダムではない。)
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自殺の算数
「中学生の自殺が増えている」というと、子供を持つ親としては「大変だ」となるだろう。しかし、仮に3年間で300人とすれば、中学時代に自殺するのは、中学生1万人に1人もいないのだ。
もちろん自殺は痛ましい問題だ。自殺の陰に隠れた問題もある。それらよく考えるべきだし、対応も必要だろう。しかし、「中学生の自殺が増えている。大変だ」と反応する前に、一旦立ち止まることが必要だ。仮に中学生の自殺対策に、お金や時間をつぎ込むとすれば、別のことからお金や時間を引き上げるしかないのだから。それは場合によっては、中学生の幸せにもつながらないかもしれない。
特に、特定分野の専門家には要注意だ。彼らは、自らが認識している問題を社会が大きく取り上げることに夢中になる。それは内田氏に限ったことではない。