オバマ氏の広島訪問への支持が強い状況の中で、異論が出ています。
「世界の場で、原爆投下映像に拍手を送っていたオバマ氏にダマされて拍手なんて送るな!」と、長谷川豊氏が主張しています。広島のオバマ氏の言動は猿芝居だという主張です。
異論が出るのは健全なことです。しかし、その異論がフェアかどうか。オバマ氏は嘘つきなのかどうか。検証してみました。
「オバマ氏にダマされるな」という主張に騙されてはいないでしょうか。
より、以下引用。 (太字は筆者)
こちらは2014年当時、ロンドン支局にいたJNNの貞包史明という記者が日本に届けた、渾身のルポである。私自身はこの貞包氏という記者と面識はないが、極めて秀逸な素晴らしいルポだ。
2014年6月にフランスで行われたノルマンディー上陸作戦記念式典は、ロシアのクリミア半島併合後、初めて西側諸国の首脳陣とロシアのプーチン大統領が顔を合わせる場として、世界的な注目を集めた。
そこに取材に行った貞包記者が目にしたのは「戦争」をモチーフにしたパフォーマンス。原爆が投下される映像が大スクリーンで流され、会場に詰めかけた多くのアメリカ軍関係者をはじめとする観客からは大きな拍手が巻き起こった。当然だ。アメリカにおいて、原爆とは「戦争を終わらせた正義の神の矢」だからだ。
そして映像をちゃんと確認してほしい。
オバマ氏が何をしている?
原爆の映像に対して何をしている?
拍手してるじゃないか!?称えてるじゃないか!
対して、ドイツのメルケル氏がどうしている?顔を歪めて、ただ、映像を見ているだけ。
そして、ロシアのプーチン氏だ。柔道を通じて、親日家としても伝えられるロシアのプーチン氏は…原爆が投下される映像を見ながら、顔を歪めたと思ったら、次の瞬間である。
胸の前に十字を切り、日本の犠牲者への祈りを送ったのだ。拍手に包まれる、笑顔全開の会場の中で!頼むから、日本人全員、このリポートを見ろ!
政治とは「結果」だ。政治とは「何かを動かすこと」だ。それをするために、政治家たちは大量の通常ではとても考えられない金と権力を持つことを許されているのである。原爆投下映像に賛美の拍手を送っていたオバマ氏の…「歴代大統領下で最も優秀」と噂されるスピーチライターが書いた原稿の「上手な朗読」に拍手を送る93%の日本人全員に下記事実だけ告げる。
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長谷川氏の主張は正しいか
さて、この長谷川氏の主張は正しいのか、どうか。
問題の映像を確認します。
確かに、1分50秒ごろに、原爆の映像があり、オバマ氏他が拍手。そして、メルケル氏は拍手せず。プーチン氏は十字を切っています。「プーチン氏の十字」はTBSのカメラが捉えた、と説明されています。
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式典全体ではどうか
では、式典の全体ではどうでしょう。以下の式典ロングフル映像(※)の2時間35分頃を見てみてください。原爆があり、オバマ氏他が拍手しています。プーチン氏の十字は出てきません。
これをどう解釈するか。
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これはノルマンディー上陸記念式典
大前提として、これはノルマンディー上陸記念式典(an international D-day commemoration ceremony)です。連合軍がドイツへの反撃のためにフランスに上陸した作戦を記念した70周年式典。
スクリーンの映像とステージのパフォーマンスは何を表しているか。それはフル映像を見れば明らか。
2時間35分目の原爆投下までは、第二次世界大戦の終わりを描いています。パリ解放、ロンドン、モスクワなどの歓喜の映像があり、その後、原爆投下で一区切り。そこで拍手。
続く映像は、廃墟となった都市や死者を映しています。
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オバマ氏の拍手の意味
オバマ氏たちの拍手は、原爆ということではなく、連合国が戦争を終結させたことへの拍手でしょう。
戦勝国としては当然のことです。ここで拍手しないということは、ノルマンディ上陸作戦の意義も否定することになってしまいます。また、その時点で拍手はわき上がっていました。オバマ氏だけでなく、戦勝国側出席者は、こぞって拍手をしていたと推定できます。
ただし、原爆の映像の際には、パフォーマーたちは、嬉しそうにしていません。それまでの陽気な音楽が終り、原爆の映像となった瞬間、ストップモーション的に演技を停止しています。口に手を当てている女性など、むしろ被爆する側の瞬間を表現しようとしているようにも見えます。
原爆の映像は、戦争の終わりを示すとともに、戦争の惨禍を示すものとしても使われていると理解できます。
そうでなければ、原爆の後で、第二次大戦終結を祝う、たとえばニューヨークの映像が挿入されるはずです。
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メルケル氏はなぜ拍手しないか
メルケル氏が拍手していないかどうかは確認できませんが、拍手していないと推定されます。それは、戦争に負けた側なので、当然です。ここでメルケル氏が拍手したら奇異です。原爆どうこう、ということとは別問題でしょう。
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プーチン氏の十字
プーチン氏の十字ですが、どこの時点の十字かは映像からはわかりません。が、流れとして理解するのは、原爆投下も含めた惨禍の死者に対する追悼の動作、と理解するのが適切でしょう。
もちろん、プーチン氏は戦勝国ソ連の後継国であるロシア大統領なので、戦勝国として勝利に対して拍手したとしても不思議はありません。拍手していたかどうかは、映像からはわかりませんが。私は拍手したと推定します。
そしてむしろプーチン氏の十字のシーンは、続く悲惨な映像の時に撮られたものではないでしょうか。
長谷川氏の「プーチン氏が親日家」に至っては、あきれるばかり。元KGBで柔道好きというだけ。本当の親日家ならば、北方領土を返してくれるはずです。(というのは言い過ぎですが)
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「日本的な見方」に要注意
そもそも、原爆はノルマンディー上陸作戦記念式典の中心テーマではないわけです。ノルマンディー上陸作戦がもたらした戦勝の歓喜と戦争の惨禍、これを同時に分かち合うのが記念式典です。その全体像を忘れ、原爆にだけ焦点をあてて読み解くのは、客観性を欠いた日本的な見方と言わざるを得ません。
映像でのJNNの貞包史明氏の解説を信じるかどうか、鵜呑みにするかどうかで、だいぶ見方が変わってくるでしょう。
少なくとも長谷川氏のように、貞包史明氏の解説を鵜呑みにするのは危険ではないか、というのが私の見方です。
ちなみにJNNは、TBSつまり毎日新聞系列ですので、テレビ局の中では朝日新聞系のテレビ朝日と並んで、ある種の傾向があると私は考えております。
重要なのは、日本人の視点から式典を見るのではなく、式典関係者の視点で見ることです。そうしてこそ、客観視ができ、相手のことが真に理解できるはずです。
日本人は(他国もそういう面がありますが)、日本を中心に世界が回っている的に思いがちです。いわば天動説。報道にもそういう面が出てしまいます。
核兵器は、世界の関心事であることはそのとおりですが、全ての行動を原爆につなげて解釈しようとするのは誤りでしょう。
JNNの画像自体は、時系列的に間違いではないのかもしれません。それはわかりません。(映像ごとの撮影時点が表示されていないので、どのタイミングの十字かなどは不明。)
ただし、そこに解説をつけて「原爆投下映像に、プーチンは十字を切り、メルケルは顔をゆがめ、オバマは拍手した。オバマにダマされるな。」というようなネットに流布されているストーリーを鵜呑みにすることは危険だ、ということです。
ノルマンディーで戦勝に拍手するのもオバマ氏。広島で原爆の惨禍を語るのもオバマ氏。そのように理解すればいいと思います。「オバマ氏にダマされるな」という主張にダマされてはいけません。
長谷川氏もいかにも日本的な見方ゆえに、JNNの報道にダマされてしまったのではないか、と私は考えます。
(2016.6.13追記)
私の分析にも多数の方が興味をもってくださっています。いくつかありがたいコメントを頂きました。ありがとうございます。そこで興味深い問題提起をいただきましたので、それを元に5つの問いとして考えてみました。
式典ロングフル映像(※)
上で「式典フル映像」として引用した映像は、式典のフル映像ではなかったことを申し添えます。オランド仏大統領の演説、映像と群像劇のパフォーマンスと首脳の反応を中心としたものです。そこには、オバマ米大統領の演説などは収録されていません。
オバマ氏の演説はこちら。
President Obama's D-Day 70th Anniversary Address (June 6, 2014) - YouTube
(オバマ氏とヒラリー・クリントン氏についてはこちらもどうぞ)