むのきらんBlog

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石原氏と小池氏、どちらが正しいのか~安全と安心を混同するポピュリズムのコスト~

築地市場の豊洲移転問題で、石原元都知事が記者会見を行い、小池都知事を批判しました。小池氏も反論しています。ネットでは、石原氏に軍配をあげ、小池氏を批判する意見も目立ちます。石原氏と小池氏、どちらが正しいのでしょうか?

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画像は、豊洲市場について|東京都中央卸売市場 より

 

石原氏の主張は、2017年3月3日 記者会見資料|コラム|石原慎太郎公式サイト | 宣戦布告.netにありますが、それを受けた、小池氏への批判記事はたとえばこちら。

blogos.com

確かに、科学は非常に重要です。安全は科学的に評価すべきです。

 

そもそも

豊洲は、都の環境確保条例と土壌汚染対策法に準拠していれば安全上の問題はありません

環境確保条例と土壌汚染対策法は、大きな安全率を盛り込んで科学的に設定されたルールであり、これを守っていれば、人体には影響がないのです。

 

なので、小池氏への批判は、頷けるものです。

 

しかし、ちょっと待ってください。「安全」の基準を定めた環境確保条例に対して、豊洲を特別扱いして、

「安心問題」に盛ったのは、石原都政

なのです。

「豊洲は危険」という声が都議会やメディアで出たので、それに対応して、「専門家会議」の設置を決めたのです。実は、これが「悪手」でした。都の条例や法律に上乗せする対策を行う仕組みを事実上つくってしまったのです。

 

以下、

2017年3月3日 記者会見で石原氏が公表した 「豊洲市場関係時系列」表

を元に、時系列を追います。

2005(H17)年5月31日
「豊洲地区用地の土壌処理に関する確認書」締結
→ 東京ガスは,環境確保条例117条に基づく計画を実施。
→ 加えて,処理基準を超える操業由来の汚染土壌については,道路の区域の下及びAP+2mより下部に存するものを除
き,除去するか又は原位置での浄化等により処理基準以下となる対策を行う。

そして、

2007(H19)年4月27日 東京ガスが「汚染拡散防止措置完了届」提出,都(環境局環境改善部)が受理

となります。つまり、この時点で、都の条例に基づく安全対策は施工済みなのです。

(なお、土壌汚染対策法は、2002年5月に施行されましたが、都の条例をクリアする対策が打たれていたならば、土壌汚染対策法もクリアしていると考えて、ほぼ問題ありません。)

 

「安心対策」に突き進む専門家会議

ところが、石原都政の2007(H19)年4月 「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策等に関する専門家会議」が設置されます。

専門家会議はハッスルします。あれが心配、これが心配、とばかり、安全対策のてんこ盛りを提言しました。ゼロリスクを極限まで求めていけば、自ずと、そういうことになるわけです。それでは、社会が困りますから、一定の基準を決めているわけです。それが環境確保条例であるわけなのに、です。

 

その専門家会議で出てきたのが、「盛り土」をはじめとした過大な「安全対策」。

2008(H20)年7月26日
「豊洲新市場予定地における土壌汚染対策等に関する専門家会議報告書」公表
→「土壌汚染対策法・関連法令に求められる対策を上回る内容の手厚い土壌汚染対策を独自に追加実施すべき旨の提言がなされた」

(太字筆者)

つまり、科学的な安全対策というよりは、「ここまでやれば安心でしょ!」っていう安心対策なのです。すでに環境確保条例どおりの施工で、十分な安全性は確保できているのですから。

 

もちろん費用も膨らみます。土壌汚染対策費が586億円にまで膨らんだのは、このような石原都政の「安心対策」が根源です。で、石原都政からそれを引き継いだ、猪瀬知事、桝添知事傘下の都庁は、専門家会議の提言した対策をPRします。

一方、建設の技術畑では、建築の常識による、設計が進みます。当然、建物地下には盛り土はありません。盛り土は不要であり邪魔ですから。

 

その結果、2016年夏の小池都政になって明らかになったのが、例の

盛り土問題

です。

専門家会議の提言どおりの盛り土の説明図と、実際の建築が別ものだった、ということが明らかになりました。

そもそも、盛り土は安心対策であり、安全対策としては過剰なものです。したがって、盛り土問題の本質は安全問題ではなく、「意思決定から説明に至るプロセスが不適切であった」という問題です。そうでなければ、施工内容と違う説明図が長く公開されているはずはありません。

 

石原都知事の決定は正しいのか

もしも石原氏が専門家会議を設置しなかったらどうなっていたでしょうか。

おそらく、豊洲の危険性を危惧する声が大きくなり、豊洲移転はできなかったのではないでしょうか。石原都政が豊洲移転を強行していたら、都政への批判は強まり、石原氏やそれに続く猪瀬氏の政治生命が絶たれたかもしれません。また都議会でも、多数を占める自民党の圧勝はなかったかもしれません。

したがって、石原氏の決定は、政治家としては、およそ日本の政治家の平均点であった、と評価することができるでしょう。自らのまいた種を放置して、小池氏を批判する資格はないでしょう。そのように批判するならば、専門家会議などを設置しなければよかったのです。

 

石原氏の小池批判

ところが石原氏は次のように小池氏を批判しています。

「安全と安心を混同している。専門家が豊洲は安全と言っているのに、信用せずに無為無策で放置して余計なお金を使う。理解できない。その責任は彼女にある」(2017/3/4 2:30日本経済新聞 朝刊)

しかし、それを混同するような、「専門家会議」を設置し、環境確保条例を大幅に超える「安心対策」のしくみを作ったのは、石原都政です。その結果、「莫大な安全対策」が投じられることになりました。必要以上のことをやろうとすれば、ずれも出ます。その一つが「盛り土問題」でした。

専門家会議の設置は、石原氏個人が主導したとまでは言いませんが、それを決済したのは石原氏です。したがって、石原氏も小池氏も、五十歩百歩というか、同じようなものなのです。 

 

小池都知事の決断は正しいのか

一方、小池氏はどうでしょう。都知事就任直後の盛り土問題の発覚の時点で、豊洲をめぐる都政への信頼度は地に落ちました。そいう中で、予定どおり11月の移転を進めることは、政治的には無理でしょう。

実際には、移転延期の決定のほうが先でした。しかし、移転延期の決定は、「待ったなし」でしたし、移転を予定どおり進めていたとしても、盛り土問題発覚によって、移転には急ブレーキをかけざるをえなかったでしょう。

したがって、小池氏の決定もまた、政治家としては、およそ日本の政治家の平均点であった、と評価することができるでしょう。

 

では、

本来はどうあるべきでしょうか

本来は、都の環境確保条例と土壌汚染対策法を元に、粛々と移転を進めるべきです。

しかし、それができる条件は4つ。

(1)都が十分な説明を行うこと。

(2)マスメディアが冷静な報道を行うこと。

(3)政治家が、不安を煽らないこと。

そして、

(4)都民や築地関係者が冷静な理解力を持つこと。

 

残念ながら、豊洲問題においては、この4つの条件がそろっていないのです。

 

今、石原氏や小池氏を批判している人たちは、自分が彼らの立場であったら、彼らの轍を踏まない、といえるでしょうか。正直いって、私が都知事であっても、難しいかなあ、と思うのです。

 

したがって、石原氏も小池氏も、ベストとはいえないが、政治家としては、まあ平均点ということだと思います。

 

今後のシナリオ

9回目の地下水調査で、異常な数値が出ましたが、その原因は、どうやら調査方法に問題があったようです。

したがって、改めて調査をした上で、「安全に問題はない」ということを、新たな専門家会議が報告し、それを都庁、都議会が了承して、豊洲移転を進める、ということになるでしょう。その際に、「追加の安全対策」が盛られるかもしれませんし、移転時期が延びることは間違いないわけです。

 

 

こうみていくと、はじめの問いの答えが見えてきます。

石原氏と小池氏、どちらが正しいのか

それは、石原氏、小池氏ともに、「民意」の虜であったということです。 石原氏や小池氏に、そうさせたもの。それは、安心と安全の混同であり、それもポピュリズムの症状の一つです。

つまりは、この騒ぎは、

安全と安心を混同する、ポピュリズムのコスト

ということです。

 

安全と安心を混同している例は、いろいろあります。一方、科学的に考えると、よりお金をかけるべき問題、より緊急に解決すべき重要な問題があります。科学的な安全性を抜きにして、特定の問題に強く情緒的な安心を求めることで、かえって社会にとっての長期的で持続可能な安全性が損なわれることになりがちです。

豊洲問題は、その縮図といえるでしょう。

だから、私たちは、私たち自身にある、ポピュリズムを問うことが大切なのです。

 

 

 

豊洲問題についての基本はこちらをご覧ください。

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