どうも最近、長寿を問題視する傾向があるようです。そもそも長生きは悪なのでしょうか?
- 長寿を「対策」すべきなのか
- 日本は長寿国だから長寿が問題に
- タバコの害と長寿を巡る議論
- 長生きすると医療費が増えるか
- 長生きすると年金・生保費用がかかるか
- 長生きは価値がないのか
- 長生きには問題はないのか
- 健康寿命が延びれば社会は持続できる
- 健康寿命を延ばすにはどうしたらよいか
長寿を「対策」すべきなのか
たとえば、この記事。(太字筆者)
世界の多くの国で、2030年までに平均寿命が延びる見通しであることが分かった。一部には90歳を超える所もあり、国レベルの対策が必要になるとみられている。
英インペリアル・カレッジ・ロンドンの科学者らが主導し、世界保健機関(WHO)などと協力して実施した大規模な国際調査で明らかになった。
最も平均寿命が長くなるのは韓国で、2030年生まれの女性の平均寿命は90.8歳、男性は84.1歳となる見通し。調査は原因として、幼年期の栄養状態が良いこと、低い喫煙率、医療へのアクセスの良さ、新しい医療の知識と技術などを挙げた。
まるで、寿命が延びるのは問題であるかのような記事となっています。近頃よく見かける、日本の少子高齢化や社会保障の財源問題などを背景にした議論でも、高齢者は早く亡くなるのが社会のためだ、といった風潮も見られます。
日本は長寿国だから長寿が問題に
良く知られているように、日本は世界一の長寿国です。ただしそれは女性の寿命が世界一なためであり、男性は足を引っ張っているのですが。
平均寿命ランキング・男女国別順位 - WHO世界保健統計2016年版
2016年5月19日、世界保健機関(WHO)が発表した世界保健統計2016によると、世界一の長寿国は前年同様日本で男女平均が83.7歳だった。
2位はスイスで83.4歳、3位はシンガポールで83.1歳となっている。男性で長寿の国は、1位がスイスで81.3歳、2位がアイスランドで81.2歳、3位がオーストラリアで80.9歳。
日本の男性はイタリアと同じく80.5歳で6位。
女性は1位が日本で86.8歳、2位がシンガポールで86.1歳、3位が韓国とスペインで85.5歳とアジア3カ国がトップ3に入る。
日本が長寿国であることが、あたかも長寿自体を問題視する論調にもつながっているのでしょう。
タバコの害と長寿を巡る議論
たとえば、 BLOGOSでのタバコ問題をめぐるこの議論。
わたしあてに「ひょっとこ」さんからいただいたコメントが面白いので、失礼して全文引用させていただきます。 (太字筆者。)
コメント、それぞれごもっともだと思います。
ただ、以前からむのきらんさんに聞いてみたかったことあるので、返信させてもらいます。
年間13万人が何歳で死ぬのか分かりませんが、老人で年金とか生活保護になってからの人がかなりの割合ではないでしょうか。私自身は年間13万人とか受動喫煙で1万5000人とか、その辺の細かい数字自体にあまり信ぴょう性は感じていないのですが、他にも喫煙者の方が寿命が10年短いというのもあります。
ざっくり計算で13万人×10年=130万人年、つまり喫煙者のおかげで100万人以上分の年金・生保費用が浮いているわけです。
また、タバコによって医療費が余計に掛かるという話もありますが、非喫煙者が10年長生きしても結局死ぬときはガンとかで同じように医療費が掛かるわけです。つまり非喫煙者の方に10年分の老人医療費が余計に掛かっているだけともいえます。
(ざっくりなので、細かい計算は勘弁してください)
昔はもっと喫煙率も高かったわけですから、昔の喫煙者たちが早く死んでくれているおかげで、今の年金も医療保険も辛うじて続いているともいえる現状について、むのきらんさん、どうお考えになりますでしょうか。
たばこ税をあげろなどという議論もありますが、むしろ年間2兆円のたばこ税も払わずに、長生きして年金・医療を食いつぶす非喫煙者に対してこそ、多くの社会保険料負担をしてもらう方向にすべきでしょう。逆に40歳くらいになったら強制的に喫煙させて、早めに死んでもらうようにするとかもありかと。。。
たまたま、ひょっとこさんのご意見を掲載させていただきましたが、実は、こういう論調は、ネットやテレビなどでは、時々見られるものです。喫煙の害の問題を離れて、そもそも長寿、長生きすることへの社会的な問題点を指摘されているのだと思います。
ですので、ここでは、タバコというよりも、長寿問題そのものを、ひょっとこさんからの質問に答えるような形で考えてみます。
長生きすると医療費が増えるか
これは、「禁煙すると医療費が減るか」という問いと表裏一体。残念ながら、禁煙しても医療費が減ることはない。禁煙して長く生きれば生きるだけ、どこかで何かの病気になる。だから医療費がかかる。「長生きすると医療費が増える」は正しい。
長生きすると年金・生保費用がかかるか
これもそのとおり。ただし、大前提は、現在の年金や社会制度のままであれば、ということ。
これらの議論は、長生きのコストの議論である。極端な例で考えよう。1歳の時に不幸にして死んでしまった場合と、100歳まで生きてから亡くなったら、どちらがコストがかかるか自明である。もちろん長生きしたほうがコストがかかるのだ。つまりコストに着目すれば、短命はローコストなのだ。
では、
長生きは価値がないのか
そんなことはない。そもそも、「人間の生命そのものに価値がある」というのが我々の社会の大前提である。
では、生産をしない人は価値がないか。そんなことはない。それは重い障害を持つ人はガス室に送ってしまえ、という発想と同じである。生産をしようがしまいが、人は人であるだけで、重要な価値がある、というのが大前提である。だから、長生きはそのこと自体、価値があるのです。
この当たり前すぎる大前提を、まず確認しておきたいものです。
では、
長生きには問題はないのか
問題はある。問題とは、長寿の社会的なコストがメリットを上回ることなのだ。「生産よりも消費が大きいと社会は支えられない」ということ。簡単に言えば、働く人1人で、働かない人10人を養うのは困難だ、ということ。もちろんロボットやAIが進歩すれば、それも可能となっていくだろうが、とりあえずはそういうこと。
不健康な期間が長ければ長いほど、そうなる。また、引退が早く、不生産の時期が長い人が増えるとそうなる。そうならないためには、健康寿命を増やし、引退を遅らせればいい。不健康期間を減らすのではなく、健康寿命を増やすことこそが重要なのです。
医療費に関して言えば、長生きすれば生涯医療費は確実に増える。しかし、一人あたりかつ1年あたりの医療費を下げることは可能。それは健康寿命を増やすことで実現できる。だから健康寿命を延ばすことが重要なのです。幸い、次のグラフのように、日本人の寿命は健康寿命、平均寿命ともに伸びています。(ただし、健康寿命の延びよりも平均寿命の延びが大きいことは、問題なしとはしない。つまり「不健康期間」が延びている面があるから。)
出典 3 高齢者の健康・福祉|平成28年版高齢社会白書(概要版) - 内閣府
健康寿命が延びれば社会は持続できる
健康寿命が延びると、社会に貢献できる期間が増える。つまり長寿の社会的なコストをメリットが上回ることができるわけです。よく言われる、若者何人で高齢者何人を支える、という議論で言えば、支える側に回る時間が延びることで支えられる側とのバランスをとることが可能になるわけです。
ここは、専門家の間ではほぼ自明のことですが、意外にネットやテレビでは、こういう当たり前の認識が広がっていないことが残念です。
さて。
健康寿命を延ばすにはどうしたらよいか
答えは自明です。健康寿命には、食生活や運動などの生活習慣をはじめ、いろんな要素がありますが、まずは禁煙です。生活空間からタバコを追い出すことです。これが大前提。これは、「むのきらんの意見」ではなく、世界の医学界の圧倒的な見解です。(もちろん国によっては、衛生面など他の死因が大きい国もあります。)
なお、ひょっとこさんが書かれた「年間2兆円のタバコ税」については、今回深掘りしませんが、税収を上回る社会的費用が生じていることを指摘しておきます。