北朝鮮問題が、一気に緊迫化しています。北朝鮮は核実験やミサイル発射を繰り返し、トランプ大統領は「北朝鮮問題を処理する」と言っています。
アメリカは、空母カール・ビンソンを主軸とする空母打撃群を持ってきたり、アフガニスタンでISのトンネル内の基地に対して大規模爆風爆弾(MOAB)を使ったり。それがまた北朝鮮の反発を招く、という事態になっています。
どちらかが軍事攻撃に手を出す「Xデー」はいつか、なんて話がネットで飛び交っています。 解決策も、「金正恩に大型爆弾一発落とせば解決よ」っていう過激なものから、専門家ぽいものまで様々出ています。はたしてトランプ大統領は北朝鮮を攻撃するのでしょうか。
北朝鮮については冷静な視点を忘れてはいけません。割と忘れられがちな、「大きなポイント」と「ましなシナリオ」があるんです。
最大のポイントはこれ。
北朝鮮問題は「解決可能点」を超えている
っていうことなんです。
ポイント・オブ・ノーリターンっていう言葉があります。飛行機の離着陸などで、ある点を超えると、もうやり直すことができない、という点を言います。「離陸やーめた」ができなくて、もう頑張って飛び上がるしかない、ということ。
また、たとえば、火事。
初期の時点では家庭の消火器で消せる。次は消防車で消せる。しかし、火が十分に大きくなると、もう消すことができない状態になります。できることは、周囲への延焼を少しでもくい止めることぐらいになるわけ。2016年12月に糸魚川市駅前で起きた大火事は、そんな状態でした。
問題解決も同じ。
問題には、「解決できる問題」と、「解決できない(できなくなった)問題」がある、ということなんです。
北朝鮮問題も同じ
問題解決が可能な時点を越えちゃっているんです。
それは、今になって「処理する」には、コストもリスクもかかり過ぎちゃうので対処ができないという状態。
では、
北朝鮮は問題解決可能点をいつ越えたか
といえば、正確には分かりません。
しかし少なくとも1994年には越えていたのです。
当時のクリントン政権が、核開発を進める北朝鮮の核施設への攻撃プランを検討しました。
しかし、国防総省の答えは、韓国に数十万人の死者、在韓米軍に数万人の死者が出る、ということ。もちろん、韓国も反対しました。
それで、クリントン大統領は、攻撃プランを止めたのです。
つまり
北朝鮮問題は処理できるか
といえば、残念ながら、「処理できない問題」になっちゃっているのです。
トランプ大統領は、まだそこが分かっていません。だから「処理する」と言っちゃっているわけ。
そもそも
処理とはなにか
それは、「少なくとも、これまでよりは良い状態にする」、ということ。
病気や感染症でいえば、感染の拡大を抑え、症状を快方に向かわせるということ。
トランプ大統領は、オバマ大統領の弱腰を批判し、「自分なら処理できる」と公言しました。
しかし、それはできない選択なのです。もう少し、詳しく見てみましょう。
処理のシナリオ
それには、大きく、軍事攻撃と交渉の2つのシナリオがあります。
1.軍事攻撃のシナリオ
(1)指導部をピンポイントで狙いを絞って攻撃して、指導部を壊滅させる。
(2)ミサイル基地を攻撃して、ミサイルが発射できないようにする。
(3)北朝鮮軍全体を攻撃して、韓国侵攻の意思と能力を奪う。
2.交渉のシナリオ
中国の協力も得て、軍事、経済両面の圧力で
(1)核開発を放棄させる。
(2)米本土に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)開発を放棄、停止させる。
シナリオの有効性
残念ながら、どのシナリオも有効性が極めて低いのです。
一つ目の、
軍事攻撃は
どれを行っても、速やかに戦果を十二分に上げられないというリスクが高いのです。
そして、その結果、日本や韓国へのミサイル発射や韓国への砲撃、侵攻を招きます。
数万人どころか、数十万人の死者が出ます。また、放射性物質を詰め込んだ「汚い爆弾」や核ミサイルによる核爆発は、直接の死者以外にも甚大な人的・経済的被害を及ぼします。(北朝鮮の核兵器がミサイルに搭載可能なレベルになっているかどうかは、諸説ありますが、一定レベルの核爆発が可能となっている可能性もあると考えます。)
米国は「攻撃する場合は日韓と事前協議する」としています。日韓がそれを了承するはずがありません。また、在日・在韓の米軍やアメリカ人に数万人の死者が出ます。
アメリカ・ファーストを掲げるトランプ大統領と支持者にとって、日本人や韓国人の命の値段は安いものです。
しかし、米国民の命は非常に高い。4月のシリア空軍基地への空爆は、米国人の犠牲がないことを見越して行われたのです。
したがって、在日、在韓の米軍とその家族が数万人単位で駐留し続ける限り、軍事攻撃は行われません。在韓米軍は約3万人、在日米軍は約5万、家族などを含めて約10万人が駐留しています。
トランプ大統領は、中国が協力しないならアメリカ単独でも北朝鮮問題を処理するとしています。そして、北朝鮮への攻撃を否定していません。しかしそれは、「トランプなら何をするかわらない。やるかもしれない。」という脅しとして使っていると見るべきです。
シリアやアフガニスタンでのミサイルや空爆は、反撃のリスクがほとんどないものです。韓国はもちろん、在日米軍をミサイルの射程圏内に納めている北朝鮮の場合は、反撃のリスクが極めて高いのです。さすがのトランプ大統領も、軍事専門家からのそういった報告を無視できません。自分の支持率が下がるからです。
ちなみに、
トランプ大統領が反撃のリスクを承知の上で攻撃をするのはどういう場合か
といえば、それは、米軍や米国人が攻撃された場合です。
そうなると、戦争によって米国人にもっと死者が出ても、アメリカ世論は攻撃を支持します。非常にざっくりと言えば、第一次大戦、第二次大戦のアメリカの参戦理由もそれでした。
米国は、反撃リスクが極めて低い場合以外は先制攻撃を行いません。
もちろん、自らが攻撃されることが分かりきっている場合は別ですが、それは反撃の一種です。
では、2つ目の
交渉は
どうでしょうか。
北朝鮮が交渉のテーブルに着く可能性はあります。なんらかの合意ができる可能性もあるでしょう。しかし、交渉の最大の欠点は、「実効性が担保されない」ということ。
過去、幾度も合意を反故にした北朝鮮。約束を反故にするトランプ大統領。という組み合わせで、約束を守る、守らせる状況ができるはずはありません。
北朝鮮から見たら、約束を守るリスクが高すぎるのです。4年後にトランプ大統領よりさらに過激な人が大統領になるかもしれないわけだし。だから、どんな約束をしようが、ICBM開発を進めるわけです。
ICBMの発射実験は、米軍に確実に知られますから、それは当面は控えるにしてもね。これまでの繰り返しです。こでまでと同様に着実に開発は進みます。過去のアメリカに止められなかったものが、今止められるはずがありません。
それを本当に止めるすべは、事実上、「軍事攻撃」しかないからです。
そうなると、
できることは何か、マシなシナリオは
それは、北朝鮮への抑止力を高く保つことしかありません。
しかしこれが、難しいのです。
軍事的抑止力には2つの側面があります
一つは、核兵器、いわゆる核の傘です。
もう一つは通常兵器による侵攻の抑止です。
相互確証破壊(MAD)が実現した場合
北朝鮮は、核を搭載して米国本土を攻撃できるICBMを開発中です。10年以内に実戦配備されるでしょう。そうなると、米国との間に、相互確証破壊(MAD)が、「一応」できます。
つまり、米国が核を使うぞ、という脅しは、そうすれば、こちらも核の雨をワシントンに降らせるぞ、という脅しで無力化されるのです。
したがって、日本や韓国を守っている核の傘は無力になります。
ちなみに、中国も相互確証破壊をめざしています。中国や北朝鮮の相互確証破壊については、中国の核戦略は相互確証破壊(MAD)の実現~南シナ海や尖閣だけではない、想像したくない近未来シナリオ~をどうぞ。
さて、相互確証破壊が実現してしまうと、核戦力は無力化されてしまい、残るは核以外、つまり通常兵力です。
在韓米軍を除いた場合、北朝鮮と韓国の軍事バランスは微妙です。ソウルが北朝鮮国境に近い、という地政学的問題があるため、韓国は、北朝鮮の攻撃に極めて脆弱なのです。
また、北朝鮮はすでに日本をミサイルの射程距離内に置いています。
したがって、北朝鮮は、日本や韓国を脅すことが十分にできます。
ですので、
在日米軍の通常兵器による反撃と、日韓両軍の通常兵器による反撃の両方を、確実に担保しておく必要があります。
とりわけ、もしも
在日米軍・在韓米軍の引き揚げ
という事態になったら、核の傘もない中で、日韓は「裸」で北朝鮮と対峙することになります。
幸いに、
北朝鮮には本格攻撃の意図はない
のです。
北朝鮮の狙いを正確に理解する必要があります。
それは、ともかくも現体制の維持につきます。その上で、体制を引き締め、かつできれば経済的な譲歩(支援や制裁解除)を求める、ということ。
したがって、これらを甘受すれば、北朝鮮からの攻撃はまずありません。彼らの軍備はそのためのものなのです。
とはいえ、北朝鮮の体制もいつかは不安定な時機を迎えます。その際に、万が一にも暴発させないようにしておくことが不可欠です。
徹底的な反撃のコミット
ですから、攻撃したら徹底的に反撃されることを明確にコミットしておくことです。
それを準備するためには、交渉するシナリオもあるでしょう。ただしそれは、根本的な問題解決を図るためではなく、北朝鮮の暴発を防ぐためのものであることを十分に理解する必要があります。
自民党の一部で言われ出した、「敵基地攻撃能力を自衛隊に付与する」という議論も、その観点でとらえる必要があります。
経済力では、日韓は北朝鮮を遙か上を言っています。ですので、経済力を生かして、協力な抑止力を備える必要があるのです。もちろん、日韓の間に、すきま風が吹いていけません。
歴史認識や領土問題などで、対立点があることは、「あって当然」とした上で、それと安全保障をリンクさせないことを、両国国民が強く認識する必要があるのです。
そして、本当は、
自動兵器・ロボット兵器が一番
なのです。
人間ですと、躊躇があったり、実行しないだろう、と思われてしまいますが、自動的に徹底的に反撃される、という状態にしておくことです。
38度線には韓国軍が自動兵器を配備しています。北朝鮮兵士が境界を越えると、自動的に発砲するロボット兵器です。
地雷原に踏み込む人はいません。それは、地雷には意思がなく、踏めば自動的に爆発することが「担保」されているからです。
いわば自動兵器・ロボット兵器と同じような、相互確証破壊のしくみを、日韓は対北朝鮮に対して、通常兵器でも持っておく必要があるんです。
なお、北朝鮮については、安全保障とは別に重大な問題があります。
それは拉致問題も含めた人権問題です。 残念ながら、上の「ましなシナリオ」では、人権問題を解決することはできません。北朝鮮で起きている強権支配による強烈な人権の無視は、甘受するしかありません。それは現体制と表裏一体のものだからです。
まとめ
北朝鮮については、米国の大統領が誰になろうとも、かっこいい解決策は存在しません。
できることは、できるだけ北朝鮮の核兵器やミサイルの開発を遅らせる一方で北朝鮮の暴発を、強力な抑止力を備えることによって抑え続ける、という「マシなシナリオ」だけなのです。
残念な世の中ですが、これも世の中ですね。
(注)冒頭写真はモデルさんです。