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受動喫煙で1万5千人死亡は本当か~タバコ論争を検証する~

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受動喫煙が原因で死亡する人は、国内で年間約1万5000人に上るとの推計を厚生労働省の研究班がまとめた。と報道されています。

これに対して、日本たばこ産業(JT)は、そんなのウソじゃん(怪しいもんだ)と否定のコメントを発表。ネット上でも賛否が渦巻いています。

 

この問題、どっちが正しいのでしょうか。

私の見方は、「1万5千人」にとらわれるな、問題そのものに注目せよ、です。

 

(目次)

 

報道はこちら

(本文全文を引用します。太字は筆者)

受動喫煙で1万5千人死亡 半数以上が脳卒中 厚労省研究班 - 産経ニュース(5月30日)

受動喫煙が原因で死亡する人は、国内で年間約1万5000人に上るとの推計を厚生労働省の研究班が30日までにまとめた。平成22年の推計では約6800人で、その後に脳卒中との因果関係が明らかになったことから、脳卒中による死亡の約8000人が上積みされ、2倍以上になった。

 研究班は、自分がたばこを吸わないのに他人が吸うたばこの煙にさらされる受動喫煙の割合や、受動喫煙と因果関係があるとされる肺がん、心筋梗塞を中心とする虚血性心疾患、脳卒中などによる死亡統計を基に年間の死亡数を推計した。

 肺がんで2480人、虚血性心疾患で4460人、脳卒中で8010人、乳幼児突然死症候群(SIDS)で70人が死亡するとの結果になった。職場では男性3680人、女性は4110人、家庭では男性840人、女性6320人が死亡すると推計した。

 

前日には、こういう報道もあったようです。(6月1日)

受動喫煙で死亡、年1万5000人 厚労省研究班推計(産経新聞) ヤフコメコムより

担当した国立がん研究センターの片野田耕太室長は「完全分煙でも、そこで働く人は煙にさらされる。公平にたばこの害から守るには、法律で受動喫煙を規制するしかない」と話した。 

 

  • JTの主張はこちら

(本文全文を引用します。太字は筆者)

厚労省研究班報告「受動喫煙で年間1.5万人死亡」という推計に関するJTコメント | JTウェブサイト

今般、厚労省研究班は、「受動喫煙によって、肺がん、虚血性心疾患、脳卒中、乳幼児突然死症候群で死亡する人は、年間15,000人と推計された」旨の発表を行ったものと承知しております。

この推定は、受動喫煙と関連性があるとされる上記疾病のリスク比や、アンケートに基づく受動喫煙を受ける人の割合の引用等、様々な仮定や前提を置いて試算されたものであると考えられます。
なお、前回2010年公表の推定値6,800人から倍増していますが、これは、脳卒中や乳幼児突然死症候群を受動喫煙に関連する疾病として追加したことによるものです。

受動喫煙の疾病リスクについては、これまで国際がん研究機関を含む様々な研究機関等により多くの疫学研究が行われていますが、肺がんや今回新たに推計に加えられた脳卒中などの疾患については、受動喫煙によってリスクが上昇するという結果と上昇するとは言えないという結果の両方が得られており、未だ科学的に説得力のある形での結論は得られていないものと認識しています。また、周囲の方の吸い込む煙の量は非常にわずかであり、たばこを吸われる方が吸い込む煙の量と比べ数千分の一程であるとの報告もあります。

しかしながら、非常にわずかな量とはいえ、受動喫煙は、周囲の方々、特にたばこを吸われない方々にとっては迷惑なものとなることがあることから、JTは、周囲の方々への気配り、思いやりを示していただけるよう、たばこを吸われる方々にお願いしています。

JTは、たばこを吸われる方々と吸われない方々が協調して共存できる調和ある社会が実現されることが望ましいと考えており、今後とも、受動喫煙に係る科学的知見の収集・ご提供をはじめ、適切な分煙の推進や喫煙マナーの向上等、喫煙を取り巻く環境の改善に積極的に取り組んでまいります。

 

厚生労働省の研究結果は(まだ)公開されていない

驚いたのですが、本件はネット上に報道のソースが公開されておりません。

厚生労働省のHPにもないし、「厚生労働省の研究班」である国立がん研究センターのHPにも掲載されておりません。なのでとりあえずは報道によるしかありません。

 

記者はどうして情報を仕入れたか。産経だけでなく報道各社が報道しているということは、厚生労働省の担当者が複数の記者に説明をしたものと思われます。おりしも5月31日が世界禁煙デー。 そこから一週間が禁煙週間ですので、丁度いいタイミングと思ったのかもしれません。

 

いずれにしても、厚生労働省やがん研は、記者に配った資料を速やかにネット上で公開すべきです。いまのところ、JTのほうがネット上の公開度が高い、という状況になっています。

 

なぜ公開されないのか

なぜ公開されないのかはわかりません。単に公開が間に合っていない、とも考えられますし、間違いだったので黙っているのかもしれません。また、JT方面、自民党方面から圧力がかかったのかもしれません。自民党にとってタバコ利権は資金源ですし票田ですから。

 

したがって、厚労省研究班の15,000人死亡説が正しいか、今の段階ではなんともいえません。検証のしようがないからです。

 

問題の本質は何か

ところで、問題の本質は15000人という数でしょうか。仮に前回推計の6800人ならどうでしょう。日本の交通事故死は、年間約4000人、阪神淡路大震災の死者、行方不明者が約5000人。それと比較しても驚くべき数字です。

 

ですので、6800人だろうが15000人だろうが、問題の大きさについてはそれほど問題ではない。ということです。要は、大きな問題か、小さな問題か、ということ。

 

大きな問題と小さな問題とは

小さな問題とはなんでしょう。たった一人の命でも、かけがえはありません。しかし、社会的に問題とすべきは、やはり大きな問題。ここでの小さな問題とは、たとえば、猟奇的で異常な殺人です。殺人のほとんどは「普通の殺人」。あまり報道されません。大きく報道されるのは、異常だからです。殺人事件を減らそうとしたら、猟奇的な殺人に焦点を当てるのではなく、「普通の殺人」にこそ焦点を当てるべきです。

 

ちなみに、この「問題の大きさ」のことをオーダーオブマグニチュード(order of magunitude)といいます。地震の規模を示すマグニチュードと同じ意味ですね。

 

受動喫煙による死亡者の推計

前回の推計は、独立行政法人国立がん研究センター・「喫煙と健康」WHO指定研究協力センターが、2010年10月12日に公表した「受動喫煙による死亡数の推計について(解説)」です。ここで、受動喫煙による死亡数は年間6800人と推計されています。

http://www.ncc.go.jp/jp/information/pdf/20101021_tobacco.pdf

 

なお、この研究者の一人である国立がん研究センターの片野田耕太室長は、今回の1万5千人説も担当しているとのことです。

  

推計の方法

推計の方法を簡単に言うと。肺がんと虚血性心疾患という心臓病のそれぞれの年間死亡者に対して、各種の研究から得られた能動喫煙・受動喫煙のそれぞれの相対リスク(タバコの煙に晒されない場合に対する発症倍率)と、能動・受動それぞれの曝露率(全体に対するタバコの煙に晒される人の割合)を掛け合わせて、受動喫煙による死亡者を算定したもの。

この推計は、あくまでタバコが招く疾病のうちの2種のみで計算しています。「1万5千人」のほうは、それに脳卒中を加えたわけです。タバコは各種の疾病との因果関係が指摘されています。なので、受動喫煙分は、ざっくり1万人くらい、と考えておくのが適当でしょう。

一方、能動喫煙分の死者が年間12~13万人と推計されていますので、およそ10:1程度の比率です。

 

平成24年2月27日 たばこアルコール担当者講習会
厚生労働省健康局総務課生活習慣病対策室資料より

http://www.mhlw.go.jp/topics/tobacco/houkoku/dl/120329_1.pdf

 

よくある誤解

相対リスクについてはよくこんな疑問が投げられます。運動しない、多量の飲酒などの、悪い生活習慣でかつ受動喫煙に晒されている人もいるので、相対リスクにはそういうのも混ざっているのではないか。

しかし、相対リスクは、他の要素を統計的に抜き去って算定しているもの。たとえば運動しない人は、適度に運動する人よりリスクが高いが、その相対リスクは、タバコのリスクとは別に計算されます。

  

世界との整合性

重要なのは、この推計は、WHOなど世界的に整合性がある、ということ。

WHO(世界保健機関)は常に絶対正しいというわけではありません。しかし、世界の科学者が注目しています。常に厳しい批判にさらされています。したがって、WHOの推計は一定の信頼性があると考えられます。WHOを陰謀機関と決めつけることは簡単です。しかし、それは世界の科学界を陰謀機関のお仲間、と決めつけることと同じです。陰謀説を主張する人たちは、彼らよりも確かな情報や知見を持っているのでしょうか。

 

陰謀はあるか

タバコ擁護論者からは、「これらはタバコバッシング派の陰謀だ」という陰謀説が言われます。

しかし、それは逆でしょう。タバコは巨大な産業です。日本のJTだけでも年間の広告宣伝費は年間約100億円以上(これに販売促進費を加えると約700億円)。またタバコは、タバコ農家や販売者にとっても重要な収入源です。彼らが、マスコミや政治家(特に自民党の議員)を通じて、マスコミの報道や政府に圧力をかけています。

また喫煙には中毒性があるために、喫煙者は、自らの習慣を正当化しがちです。それらが、冷静で客観的な見方をゆがませています。

それらこそが「陰謀」といえるでしょう。

 

少数派でも説得力があればやがて多数になる

JTなどが主張する、タバコの害が少ないという論文は、少数派です。少数でも正しいことはありえます。しかし、圧倒的多数の科学者が歯牙にもかけないというのは、論文の質が低いことと考えられます。科学者は、新たな発見を行うことが業績になります。したがって、「タバコは有害」という多数説に対して、「タバコは無害」という少数説が本当に説得力ある内容ならば、そちらが流行るわけです。

これは、少し異なる比喩になりますが、例のSTAP細胞が一時もてはやされたのと同じです。「大発見」として科学誌にも載り、瞬間的に流行りました。しかしすぐに、批判が出て、ねつ造が明らかになり、今や事実上、取り消されたわけです。

 

JTの主張は正しいか

JTの主張は正しいのでしょうか。

JTは要するに、「受動喫煙は健康被害ある説とない説の両方あるから、健康被害ある説は怪しいよ。まだわからないじゃん」と主張しています。

一方、JTが巨大な利権団体であることは明らかです。

また、世界の科学界、医学界、WHO、各国政府などは、JTの主張に反するタバコ有害説を支持しています。

JTと世界、あなたはどちらの主張が信頼性がおけると考えますか?

 

「厚生労働省の最新タバコ情報」厚労省「たばこの健康影響評価専門委員会」資料

http://www.health-net.or.jp/tobacco/menu21.htmlより

喫煙・受動喫煙の有害性 産業医科大学 産業生態科学研究所 健康開発科学研究室 教授 大和 浩 資料

http://www.health-net.or.jp/tobacco/pdf/tobacco_20150624_02.pdf

東京都資料

http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/kensui/kitsuen/judoukitsuenboushitaisaku_kentoukai/3rd/pdf/sanko1oidaiin.pdf

WHO

WHO | Global health risks

 

まとめ

「受動喫煙で1万5千人死亡」については、発表があって、JTもその内容を承知していることは確認できましたが、中身については確認できませんでした。発表自体がやや勇み足であり、批判を受けて取りやめたのか、それとも、JTや自民党から政治的な圧力がかかったのか、それはわかりません。

一方、6800人死亡説については、内容が確認できました。そしてそれは、世界的な見方とも一致しています。

また、実際に、受動喫煙によって、咳、目、のどの痛み、頭痛などの急性症状が出ることは多数の症例から明らかです。したがって、受動喫煙が健康に影響ないとするJTの主張のほうが信憑性がないと考えることが合理的でしょう。

 

したがって、私は「1万5千人」という数値には固執しませんが、受動喫煙には深刻な害がある、という世界的な認識に同調するものです。

また、受動喫煙による死者が、喫煙者のタバコによる死者の20分の1ないし10分の1というのは頷けるレベルです。(WHOによれば、世界では10分の1とされています。)

 

もしも6800人ではなく、仮にその10分の一、年間680人であったら、あなたはその被害を許容できるでしょうか。

受動喫煙は、いわば「緩慢な大量殺人」なのです。

 

 

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注:写真はイメージであり、モデルさんがこの主張をしているわけではありません。 

2016.6.23 JTの広告費・販売促進費の記述を修正しました。