米大統領選の予備選挙戦でクルーズ氏がトランプ氏を、過去の言動と異なることを言っているので「詐欺的でうそつきだ」と非難している。
この非難は正当だろうか。
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日経新聞2016/2/18より引用。
【ワシントン=川合智之】11月の米大統領選に向けた共和党の指名を争う候補者の対話集会が17日開かれ、テッド・クルーズ上院議員(45)が不動産王ドナルド・トランプ氏(69)を「詐欺的でうそつきだ」と批判を繰り広げた。
クルーズ氏は選挙用のテレビCMで、トランプ氏が1999年に「妊娠中絶に賛成だ」と語る場面を流し、現在と主張が逆だと指摘した。
トランプ氏は、確かに詐欺的で嘘つきだと私も思う。彼は、息をするようにウソをつく人だろう。そういう人はトランプ氏に限らず少なからずいる。ウソをついている、という認識さえないのだ。その瞬間に、聴衆に受けることに最大の集中力を発揮しているだけだ。
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昔の発言は「詐欺的で嘘つき」の証明になるか
ただし、上記引用の文脈では、「詐欺的で嘘つき」かどうかは全く証明されない。
17年前に「妊娠中絶に賛成」だったということと、現在「妊娠中絶に反対」していることは、全く問題ない。
意見が変ることはあることだ。米国の場合は、本件が宗教的問題であるので、単なる「意見の変更」よりは重い意味を持つことはある。しかし、内心の信仰と、政治的な主張は同一でなくてもいい。むしろ、自身の信仰と、政治という他者を律するルールづくりの世界は、距離を置くことが重要だ。
「それが同じでなければならない」というのは「原理主義」なのだ。イスラム法が支配するサウジアラビアなどの国々は、そういう体制だ。
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「詐欺的で嘘つき」はどういうケースか
Aさんたちには、たとえばTPP賛成と言い、BさんたちにはTPP反対と言う、これが「詐欺的で嘘つき」の典型だ。このようなスタンスは、強く批判されるべきだ。
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「意見が変る」とはどういうことか
「意見が変る」ことは成長の証だ。
もちろん、成長しても意見が変らないことがある。しかし、それで成長したかどうか、全く判定できない。単に「頑固になっただけ」なのかもしれないのだ。
逆に、「意見が変る」ということは、外面的に判断できる。過去の自分の意見を捨て去るには勇気がいる。その勇気を使ってでも「意見が変った」と見ることもできる。
そもそも、民主主義が健全に機能するには、議論が不可欠だ。議論の結果、「意見が変る」ことが求められる。そうでなければ、議論などせず、さっさと投票すればよいのだ。
つまり民主主義には「意見が変る」ことは不可欠なのだ。その文脈から見れば「ぶれない」ことは美徳ではなく、話し合うに足りない相手、ということである。
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「大衆に迎合して意見が変る」のはどうか。
民主党の大統領候補の一人であるヒラリー・クリントン氏は、TPP推進派であったが、選挙戦の中で、TPP反対を唱えている(TPPの合意内容に疑問を呈している)。
これは「成長」なのか。そうとは言えないだろう。おそらく、内心はTPP推進派のままだが、サンダース氏との競争の中で、戦術としてそうしたようだ。
民主主義における政治家の役割が「民意を反映する」ことを最重要とするならば、クリントン氏の「豹変」は正当化できる。
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代表制民主主義と直接民主主義
その一方で、大統領制などの代表制民主主義の利点の一つは、「民意を反映しない」ことにある。つまり、その瞬間の民意に沿わないことでも、国益に資すると思えば行うことが、大統領や議員には期待されるのだ。そうでなければ、「何でも国民投票で決める」という直接民主主義のほうが、民意がダイレクトに反映されるので優れたしくみということになる。
ここは難しい点だ。有権者には、それらの両面を総合的に判断して代表を選ぶ、という非常に高度な作業が要求されているのだ。