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なぜ宮内庁は嘘をつくのか~天皇が退位意向の報道は危ない~

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天皇が退位の意向との報道で、2つの矛盾した報道がされている。どちらが正しいのか。宮内庁は嘘をついているのか。

「宮内庁の嘘」は、現行憲法の枠組みをなし崩しにする危険性をはらんでいる。

 

 

2つの矛盾した報道

  • 天皇が5年前から生前退位の意向を宮内庁関係者に伝えていた、という「宮内庁関係者の話」という報道。
  • 一方、宮内庁の山本次長は記者団に「そのような事実は一切ない」という完全否定。

 

7月13日のNHKニュース

天皇陛下が、天皇の位を生前に皇太子さまに譲る「生前退位」の意向を宮内庁の関係者に示されていることが分かりました。数年内の譲位を望まれているということで、天皇陛下自身が広く内外にお気持ちを表わす方向で調整が進められています。

同日の日経新聞 

宮内庁関係者によると、生前退位の意向は最近のことではなく、5年以上前から漏らされていたという。

 

一方。

「生前退位」ご意向 慰霊に区切り、影響か 議論には時間も 秋篠宮さま「定年制必要」 (産経新聞) - Yahoo!ニュース

天皇陛下が生前退位の意向を示されている事実が13日、明らかになる一方、宮内庁の山本信一郎次長は同日夜、「(陛下が生前退位の意向を示されたとする)報道があったことは承知しているが、そのような事実は一切ない」と記者団に対して完全否定した。

  

宮内庁は嘘をついている

完全否定した山本信一郎次長は、長官に次ぐ自席。なので山本氏の発言は宮内庁の公式見解である。

NHKが本件について根拠のない発表をすることはない。とすれば、宮内庁職員の非公式な話し、つまりリークが正しいか、もしくは公式見解が正しいか、ということになる。

本件は「リークが正しくない」ということはまずありえない。と、すれば宮内庁の公式見解は嘘である。

 

なぜ宮内庁は嘘をつくか

憲法の象徴天皇制によって、天皇は政治的発言をしてはならない、ということになっている。天皇が自らの退位という、皇室典範に触れる発言は、政治的発言である。

したがって、天皇が「退位したい」と発言したとしても、宮内庁は、その発言はなかった、とすることになる。いわば「聞かない」ことを選択する。もしくは、天皇という生身の人間が、「世迷い言」を言っている、ということで「聞き流す」。それしか宮内庁には選択肢がない。

だから、公式見解としては、「そのような事実は一切ない」といわざるを得ない。

 

「天皇陛下自身が広く内外にお気持ちを表わす」ことはどうか

NHKは「数年内の譲位を望まれているということで、天皇陛下自身が広く内外にお気持ちを表わす方向で調整が進められています。」と報道した。

これは非常に微妙。ここは、官邸が世間の反応を見ようとしたのかもしれない。

しかし、制度的には、内閣が天皇の健康状態等を勘案して、こうしよう、と皇室典範の改正を国会に諮るべきもの。それ以前に、天皇が「内外にお気持ちを表わす」ということはあってはならない、というのが現行憲法下での建て付けである。

 

NHKのスクープの3つの可能性

今回の報道は、13日夕刻のNHK報道が完全に先行した。報道他社は全て遅れをとった。数年前から天皇が公務がつらい、という報道はされていて、予兆はあった。

 

しかし、なぜ今なのか。

NHKのスクープには3つの可能性がある。

「NHK独走説」「宮内庁との握り説」「官邸との握り説」である。順に見ていこう。

 

  • NHK独走説

NHK独走説、つまりNHKが完全に自主的なスクープをすることは、まずありえない。これほどの政治的インパクトのあるニュースをNHKの報道局が独断で行えるとは思えないからだ。NHKの制度的には、行えることにはなっている。しかし、もしそうならNHKは、「なぜ、今か」を説明する必要があるからだ。5年前からの話しを、参院選直後にスクープすることの説明責任がNHKにのしかかるのだ。

 

  • 宮内庁との握り説

これも難しい。宮内庁は内閣府の 機関だ。宮内庁長官が独断で行えることではない。宮内庁の誰かが、完全に自主的にリークした、とも考えられるが、それでは「裏が取れない」ので、この報道にはならないだろう。NHK独走説と同じ事になるからだ。

 

  • 官邸との握り説

これが一番ありうるだろう。リークの形で、非公式に天皇の意向を国民に伝える、という方法だ。そして国民から問われて、政府が動く、というシナリオ。

本来は、国民から問われる前に政府が動かねばならない。しかし、本件はデリケートな問題であるがゆえに、平成17年の政府の有識者会議では議論が進んでいなかった。

皇室典範に関する有識者会議

 

いずれにしても、事実関係を国民は知る権利があろう。

  

内閣の怠慢

本件は、内閣の怠慢である。現行憲法下での天皇の制度的なありようと、天皇の健康状態を踏まえて、内閣が自ら国会に発議すべきものであった。

皇室典範の改正については、小泉政権下で有識者会議が設置され、報告された。しかしその後、安倍内閣では、憲法改正にかまけて、現憲法下での天皇のあり方を整理することを怠ってきたのだ。

そのつけが、今回出た。

 

もしも、本件をこのような形で進むことがあらかじめ首相官邸のシナリオにあったとしたら、それは重大な問題だ。

つまり、官邸と握った宮内庁の意図的リーク→NHKの報道→内閣の対応、という順序はあるべき姿ではない。

もしも、官邸が確信犯であるとすれば、官邸の責任は重大である。私は、確信犯というよりは、単に怠慢である、ということではないかと思う。内閣が主導したというよりは。

 

より正確にいえば、動かぬ官邸に業を煮やして、宮内庁が独断でリークした、ということではないか。

官邸は、仕方がない、この方法でいくのが一番簡単だ、と、宮内庁案を認めたのではないか。それは内閣の責任放棄であろう。

 

首相官邸の2つの問題

それには2つの問題がある。

「天皇の意向」で制度が変わるという点。そして政府が「NHKを使った」という問題だ

 

「天皇の意向」はないことになっている

前者については、現行憲法で禁じられているので議論の余地はない。今回のようなケースは、人間としての天皇個人の問題ではないか、本人の意向を尊重すべき、という素朴な意見が出るだろう。しかし、それはダメなのだ。

「人間としての天皇個人」と「象徴天皇という機関」が不可分に結びついているのが、天皇制だからだ。もちろん、天皇にもプライバシーはある。プライベートな時間に家族と何をしゃべろうが、それは自由だ。お気に入りの政治家もいるだろう。しかし、それは国民は知ってはならないことだ。

象徴天皇制というのは、ある種の人身御供である。国民統合の象徴として、いわば日本国という国家の「アイコン」であるのだ。もちろん人間であり日本人であるが、一般人には認められている各種の人権が認められていない、憲法上の例外なのだ。

「一人の人間としての天皇個人」と「象徴天皇という機関」が、使い分けられたら楽だ。しかし、それができないのが天皇制というスタイルなのだ。

 

政府がNHKを使った

後者の「政府がNHKを使った」問題は、アドバルーン(より正確に言えばバロンデッセ:観測気球)として行われることがある。政府が非公式発言として報道関係者に漏らし、国民の反応を窺うことだ。

それ自体は、政治の現実としては容認しうる。しかし、今回のようなケースでは、それは「禁じ手」だ。

 

人治国家への道

なぜ禁じ手か、それは天皇の発言という政治的発言が、非公式に国民に伝わり、政治を動かすことを肯定することになるからだ。戦前と同じく、側近が「天皇の内々の意向」という形で政治を左右することを認めることになるからだ。

非公式に伝えること、伝わることは、公式発言よりも一層、罪が重い。曖昧な「天皇の意思」という言葉の魔物が政治を左右することになるからだ。それは、法治ではなく人治国家への道である。

 

天皇は、公式にも非公式にも、政治的発言はありえない、という建前を貫かねば、象徴天皇制という現行憲法のスキームは崩れ去る。 

 

政治が天皇の退位という問題に正面から向き合わなかったつけが、ここに現れている。

 

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2016.7.15 有識者会議の記述について、小泉政権を追加。

また、宮内庁の公式見解については、7月14日のNHKニュースで以下のとおり報道された。

宮内庁の風岡典之長官は14日の定例の記者会見で、天皇陛下が退位の意向を宮内庁関係者に示されたという報道について見解を問われ、それを否定したうえで、「おつとめを行っていかれる中でいろんな考えをお持ちになることはありえるがコメントを差し控えたい」と話しました。
また、天皇陛下の生前退位は国の制度の問題だとして「天皇陛下は憲法上の立場から、制度については具体的な言及を控えられている」と説明しました。
一方で、「天皇陛下も毎年お年を召すわけで、将来のことを考えると今までどおりおつとめを果たすことが難しくなるということが一般的にはありえることなのでそれを踏まえて幅広く考える事は必要なことだ」と述べました。

これは、なかなかバランスのとれた適切なコメントだと思う。

しかし、生前退位については、やはり本来はリークの形ではなく、宮内庁長官が首相に対して問題提起すべきことであり、内閣が国民に問題を共有すべき事柄なのだ。天皇の意思がリークにより報道され、それで政治が動く、という順序は不味い。

 

なお、生前退位については、数年前から宮内庁内部で検討されているとも報道されている。(日経など)

 

2016.7.16

有識者会議について、とりあえず野田政権を削除。野田政権下については、複数の情報が錯綜し確認できていない。小泉政権下については、内閣府HP参照。

皇室典範に関する有識者会議

 

2016.7.18

小泉政権、野田政権、安倍政権の検討経緯は以下の記事参照。

  2016.7.16日経朝刊より全文引用(正確性が重要であるので、あえてほぼ全文を引用)

皇室典範改正 過去にも議論 女性宮家など賛否なお

戦後の政権で本格的な皇室典範の改正に取り組んだのは小泉純一郎首相だ。2005年11月、私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」が女性・女系天皇を容認する報告書を公表。小泉氏は改正に意欲的だったが、与党や閣内から慎重意見が噴出。06年に秋篠宮妃紀子さまのご懐妊が明らかになると、改正の機運は急速にしぼんだ。

 このとき官房長官だった安倍晋三首相は、法案提出は慎重に検討するよう小泉氏に進言したとされる。安倍首相はその後、文芸春秋12年2月号で「皇室の歴史と断絶した『女系天皇』には明確に反対だ」と表明した。

 民主党の野田佳彦政権は12年、女性皇族が結婚後も皇室にとどまる女性宮家の創設を軸にした論点整理を取りまとめた。意見を聞いた有識者12人のうち4人が女性宮家に反対。当時、野党自民党の総裁だった安倍首相は女性宮家について「男系で紡いできた皇室の歴史と伝統の根本原理が崩れる危険性がある」と批判した。第2次安倍政権が発足し、女性宮家の議論は立ち消えになった。

今回、浮上した生前退位は皇位継承という皇室の根幹に関わる大改革だ。具体化の議論は皇室典範の大きな見直しに発展する可能性があり、安倍政権内には迅速な結論は難しいとの見方もある。

 安倍首相は皇室典範の改正そのものに反対しているわけではない。かつては男系男子の皇族による安定的な皇位継承を実現するため、1947年に皇籍離脱した旧11宮家の皇籍復帰や旧皇族男子による宮家の継承に前向きな姿勢を示した。皇族の減少は皇室活動の低下を招きかねないとの危機感は強く、内閣官房の皇室典範改正準備室を増強するなど、政権として検討を続けている。

 

 

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