軽井沢のバス事故で、天井が押しつぶされた写真が報道された。専門家のコメントは「バスの天井強度を上げよ」ということだが、そうすべきなのか。
国土交通省によりますと、日本では、大型バスに、横転した場合の車体強度の基準はありませんが、メーカー各社は自主的に国際的な基準に適合させていて、今回のバスもその基準を満たしていたということです。
専門家「車体強度の向上を」
自動車工学が専門の日本大学工学部の西本哲也教授は、バスの車体を写した写真を見て、「天井部分に押されて座席が外に飛び出すような状態になっている。ここまで大きく車体が変形すると、この付近にいた乗客は即死に近い状態だったと推定される」と分析しています。さらに、「バス上部の乗客がいる空間が大きく破損しているのに対して窓枠より下の部分は比較的変形していない。窓枠を大きくとる構造にも原因がある」と述べ、大型バス特有の車体構造が深刻な被害につながった可能性を指摘しました。
そのうえで、西本教授は、今回のような車体の破損はまれなケースだとしながらも、「日本には、バスが横転した際の車体強度の安全基準がない。基準を導入して窓枠や側面部分、天井の部分の強度を上げる必要がある」と述べ、国は今回の事故を教訓に安全基準を設けてさらに車体の強度を高める必要性を指摘しています。
(上記報道から引用。太字強調は筆者)
さて、この専門家の指摘は正しいのか。「国際基準よりも日本は上乗せ基準を設けろ」ということだ。それを正当化するには、「国際基準は低すぎる」もしくは「国際基準は日本の実情には合わない」ことを証明せねばならない。
そういう作業を抜きで、各国がこういうことをしたらどういうことになるか、考える必要がある。各国で事故は日々起こっている。それで各国が独自の上乗せ基準を設けたらば、それら全てに適合させようとしたら、バスは戦車のようになるだろう。仕向け国別に仕様を変えるのはまた、コストがかかるのだ。
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強度を上げるのはタダではない
強度はタダではない。一般に強度を上げるには、補強材が必要だ。そのコストが発生する。その分、当然に重量は増す。するとエンジン、足回り、ブレーキなどをより強力にする必要があり、そこでもコストが発生する。そして燃費も悪くなる。CO2の発生も増える。
つまり、バスのコストは上がり、それは、ツアー価格に上乗せされるか、それとも人件費や教育訓練の費用を削ることで賄うか、ということになる。
安全にコストはつきものだ。そのコストは基本的には消費者が負担するのだ。格安を求めて今回のバスツアーを選択した学生たちのような状況を増やすことになるわけだ。
今回の事故は、数十年に1度、というレベルだ。横転しただけでなく、立木にぶつかって天井が曲がる、というのは、極めてまれなケースだ。
さらに、今回死亡した乗客のほとんどはシートベルトをしていなかった。
時速100キロ近い速度で横転した場合、仮に天井に十分な強度があっても、乗客は座席から放り出される。したがって衝突など幅広い事故に対して効果が高く、既に法律で義務付けられているシートベルトの着用を徹底することのほうが、はるかに重要なのは明らかだ。
それでも、天井の強度を上げるべきか。それはこのような報道で判断できるはずがない。ひょっとしたら専門家は適切なコメントをしていて、NHKがはしょって報道したのかもしれない。
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客観報道のフリをした主観報道
この報道は、明らかに「国は天井強度を上げる基準を作れ」と国民に呼びかけている。
客観報道のフリをしているが、主観報道である。客観報道に徹するならば、少なくとも上記のようなリスクとコスト論の基本のような見方を紹介すべきだ。
「偏向報道」というと、政治的な左右の議論になりがちだが、「普通の事件報道」にも、このような偏った報道が日常茶飯事である。
客観報道と、意見報道を明確に分け、意見報道については、対立する見方や科学的知見を報道することが基本である。